笠岡駅
MAGAZINE あの駅この駅
列車で行こう。
まだ出会ったことのない岡山・備後へ。
【あの駅この駅】山陽本線・笠岡駅
歴史ある石の島
北木島を巡る旅
「あの駅この駅」では、列車で訪れることのできる魅力ある場所、沿線のまだ広く知られていない地域の魅力を発信しています。今回紹介するのは山陽本線「笠岡駅」。2023年7月~9月、瀬戸内エリアを走る観光列車「La Malle de Bois(ラ・マル・ド・ボァ)」が、「ラ・マル しまなみ」として岡山駅~三原駅間を運転する際、期間限定で笠岡駅に停車します。笠岡駅は個性豊かな島々が浮かぶ笠岡諸島の玄関口。今回は、笠岡駅から旅客船に乗り継ぎ、石の採掘で栄えた「北木島」の名所や絶景スポットを巡る島旅を紹介します。
何度も北木島を訪れている西日本旅客鉄道株式会社岡山支社ふるさとおこし本部の弘内玖実さん。「北木島は海も自然もとても美しいところ。どこも同じ時間が流れているはずなのに、島にいるとなぜかゆっくり感じるんです。そんな島時間を楽しんでいただきたいです」と話します。
せとうちを旅するアートな観光列車
旅の始まりを感じるひととき
フランス語で「木製の旅行かばん」という意味を持つ観光列車「La Malle de Bois(ラ・マル・ド・ボァ)」。岡山駅の5番線ホームに響く八点鐘の音が、旅の始まりを演出してくれます。船の出港のごとくホームを離れた「ラ・マル しまなみ」は西へと進みます。
乗車記念台紙や記念ポストカードの設置コーナーには、旅の思い出をつづるノートと共に、岡山弁・備後(びんご)弁で書かれた手作り絵本「桃太郎」が。車内は高級感あるフローリングデッキが広がり、落ち着いた雰囲気が漂っています。カウンターの上には本棚も。瀬戸内や自転車、アートなどの本を読みながら過ごすのもおすすめです。
カウンター席からは車窓風景がワイドに楽しめます。高梁川の鉄橋を渡ると緑豊かな田んぼの風景が続き、鴨方駅を過ぎたあたりで山の上に国立天文台を発見。旅にちなんだアート作品やインテリアを写真に収めたり、車内販売の岡山県産ドリンクを飲みながら、“旅の始まり”を感じる特別なひとときを過ごすことができます。
潮風を感じながら
笠岡の島を巡る船旅
JR山陽本線「笠岡駅」は岡山県の最西端に位置し、せとうちの島旅として注目の集まる笠岡諸島の玄関口。笠岡駅から歩くこと10分で住吉港に到着。潮風を感じながら旅客船に乗り込むと、白い波しぶきをあげて船が進み始めました。
大小31の島々からなる笠岡諸島。そのうち人が暮らす島は高島、白石島、北木島、大飛島、小飛島、真鍋島、六島の7つ。それぞれの島には、離島ならではの昔ながらの生活や文化が残っていて、いくつかの航路に分かれながら旅客船やフェリーで結ばれています。「目の前に広がる穏やかな空や海の風景に、ただただ癒されます」と弘内さん。デッキに出て風を感じながら空に浮かぶ雲を見たり、小さな島の灯台を見つけたり、それぞれの港の風景を眺め、島巡り気分を味わいます。
環境に優しいグリーンスローモビリティ
風を感じながらゆったり観光
笠岡諸島の中では一番大きな島である北木島。周囲はおよそ20㎞、約700人が暮らしています。古くから良質な花崗岩がとれる石の産地として知られ、2019年には日本遺産に認定されました。島に近づくにつれて、島のあちらこちらに変わった形の石が見えてきました。
約50分で大浦港に到着。今回、北木島を案内してくれるのは勇和水産の代表、藤井和平(かずひら)さん。「移動手段としておすすめしているのは予約制タクシー『グリーンスローモビリティ(通称グリスロ)』か、レンタサイクルです。自分のペースで自由に島内を観光できます」とのこと。
今回はグリスロで島を巡ることに。グリスロは、時速20km未満で公道を走ることができる7人乗りの電動車。狭い路地も通行可能。島内では65歳以上の住民が無料で利用でき、病院や施設への移動に使われているのだとか。環境にも優しく、ドアがないので開放的。風を感じながらゆったりと島を観光できます。また、北木島で生まれ育った運転手が景色の良い海沿いの道を選んで走ってくれたり、島の昔の様子を語ってくれたり、島民だからこその案内やコミュニケーションが楽しめるのも魅力です。
観光拠点「K’s LABO(ケーズラボ)」
北木島の石の歴史を知る
北木島の観光拠点となっている「K’s LABO(ケーズラボ)」は、石の歴史や文化を紹介するストーンミュージアムとカフェが併設された複合施設。バーベキューが楽しめる2階のテラスでは、瀬戸内の島々と海が一望できるロケーションが広がります。シーカヤックやSUPボード、浮き輪などマリンアクティビィのレジャー用品のレンタルも充実。電動アシスト付き自転車やシティサイクル、クロスバイクなど種類豊富なレンタサイクルも行っています。
ストーンミュージアムには、北木石の歴史を知る資料や写真パネル、島を支える石の加工技術によって生み出された作品が展示されています。大阪城の石垣をはじめ、靖国神社の大鳥居や日本銀行本店など歴史的な建造物に使われている北木石。北木石は見た目が美しく、粘りがあるので積み上げた時にも崩れない強い材質が特長。
品質の良さが全国的に知られるようになった明治中期から昭和30年代にかけて、島内では丁場(石を切り出す採石場)が127カ所もあったそうですが、現在は2カ所のみ。「丁場の見学をする前に、ぜひここで北木石の歴史に触れてほしい」と藤井さん。石の島の歴史を学ぶ場所としては、昭和20年代終わりから40年代前半まで営業していた木造の旧映画館「光劇場」もおすすめ。北木石に関するドキュメンタリー映像で、当時の様子を知ることができます。
ここでしか見ることができない
北木石の丁場
1892(明治25)年に開かれ、130年過ぎた今も採石が続いている丁場を一望できる「石切りの渓谷(たに)展望台」。ガイドを務める藤井篤(あつし)さんは、数年前まで採石場で作業していた職人の一人です。「ここから切り出された石は、明治生命館や東京駅丸ノ内本屋などの重要文化財にも使われています」。採石作業が機械化された昭和30年代から、高品質の石を求めて下へ下へと掘り進み、天に向かってそそり立つ絶壁が誕生したのだそう。高さ60mの展望台から臨む景色は迫力満点。猛々しい岩々の絶壁と、規則正しく切り出された石の連なる景観に圧倒されます。
藤井篤さんは説明の後、昔から歌い継がれてきた「石切唄」を披露してくれました。石切唄は職人が手作業で山から石を切り出したり、石を割ったりする時に歌われていた労働歌。真夏の炎天下で、また冬の凍りつくような寒風の中、朝早くから星が出るまで、丁場での一日の仕事はとても過酷な重労働でした。「職人たちは石切唄を歌うことで、危険で過酷な石の切り出し作業の辛さや厳しさを紛らわし、お互いを励まし合ったそうです」。周囲を石に囲まれ音響効果も抜群。藤井篤さんの声と手拍子が丁場に響き、先人たちの苦労や当時の情景に思いをはせる貴重なひとときでした。
石と自然が織りなす造形美
魅力的なフォトスポット
北木島は、まさに「石の島」。小さな石の積み出し港として利用された千ノ浜の護岸に築かれた「北木島のベニス」や、採石場の跡地に湧き水や雨水がたまって湖になった「丁場湖」。中でも「北木の桂林」と呼ばれているスポットは切り立った山の岩肌や木々の緑が水面に映り、絵画のような美しさです。ほかにも魅力的なフォトスポットがたくさん。また、民家の石垣や寺院へ続く石の階段、神社の鳥居など、島の至るところに石が使われていて、暮らしに石が息づいている様子が伝わってきます。
夏でも食べられる
美しい海で育つ喜多嬉かき
北木島で、親子三代で漁業を営む勇和水産。藤井和平さんが漁船で牡蠣の養殖場へ案内してくれました。岡山県で初めて生食用の殻付き牡蠣の販売を認められた北木島の牡蠣。祝いの席で“喜び多く嬉しい”時間を過ごしてほしいと「喜多嬉(きたき)かき」と命名し、サイズによって「ひながき」「喜多嬉かき」「美海(みう)がき」と名前を変えて販売しています。「今は種付けが終わって、ホタテ貝に牡蠣の赤ちゃんがたくさん付いているところです」と藤井さん。
定置網業魚を手掛けていた勇和水産が牡蠣養殖に参入したのは2001年のこと。海の奥底まで透けるほど透明度の高い北木島海域はとても穏やかで、牡蠣の栄養となるプランクトンが豊富。付近には一級河川などの河口がないため、生活用水の排水で海水が汚れることはありません。「ただ、海がきれいだからこそ牡蠣の成長はゆっくりと時間がかかり、よその海域がピークを迎える冬場より遅く、2月から4月といった春先になるんです。でも、おいしさは格別」。美しい海で育った喜多嬉かきは瀬戸内海のミネラル分を存分に蓄え、濃厚でうま味たっぷり。クセや雑味がないので、牡蠣が苦手な人でも食べられると喜ばれているそうです。
勇和水産では、喜多嬉かきを一年中味わってほしいと、鮮度が落ちない特殊な緩慢冷凍を開発。春先に水揚げした一番おいしい時期の殻付き牡蠣を冷凍し提供しています。「冷凍であれば自分が欲しい数だけ食べられますし、食品ロスの軽減にもつながります」。安全性にもこだわり、国の規格検査より4倍の検査を実施し徹底管理を行っています。
「新鮮な牡蠣は生で食べるのが一番。調味料をつけなくても、牡蠣本来の味が楽しめます。ぜひ食べてみてください」と藤井さん。口に含むと程よい塩味とうま味が口いっぱいに広がります。「特におすすめの食べ方は、ダイダイを絞って食べること。北木島では昔からダイダイ栽培が盛んで“先祖代々繁栄しますように”という意味も込められています」。ダイダイの程よい酸味と牡蠣のうま味が合わさり、さっぱりとした味わいが美味。勇和水産では、北木島の南にある六島にある「六島浜醸造所」と共同開発したオイスタービールや、カキ殻を活用して育てた酒米で仕込んだ純米酒「喜嬉猿(ききざる)」など、牡蠣を使ったユニークな商品も開発しています。
豊かな自然と笑顔が迎えてくれる
北木島の旅
藤井さんは北木島活性化プロジェクト協議会の代表も務めており、北木島を盛り上げていきたいという強い想いがあります。これまでにも牡蠣イベントを企画したり、コンサートでは漁船を出して盛り上げたり。2022年には丁場湖に設置されたステージで音楽イベントを手掛けました。現在もいくつかのプロジェクトが進行中。「次のイベントに向けて、トイレの設置や草刈りなど環境整備に日々奔走しています。今後はキャンプ場や屋内釣り堀といった皆さんが楽しめる場を造って、たくさんの人に島に来ていただきたいです」。
北木島には約400年にわたって巨石を切り、加工し、海を通じて運び出してきた歴史があり、それらを物語るダイナミックな景色が広がっています。どこか懐かしさを感じる路地や島の暮らし、文化、温かい島民との触れ合いも。「島で出会った方々の興味深いお話や、おいしい牡蠣と絶景スポット、マリンアクティビティが楽しめる北木島の魅力を再発見しました。岡山市内から日帰りで遊びにくることもできるので、ぜひ列車での移動時間も楽しみながら北木島を堪能していただきたいです」と弘内さん。
日常から離れ、海の向こうへ。自然と人の営みによって形成された壮大な風景。ゆったりとした島時間。石の島、北木島の魅力を肌で感じて。
(2023年7月)
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