OKAYAMA
MAGAZINE ふるさと図鑑
福寿司
瀬戸内の魚特集|
岡山市/福寿司 窪田 悟 ×
岡山市/お魚かたりべ 岡山水産物流促進協議会・会長 森下倫年
【vol.1】
伝統的な調理法で
地魚のおいしさを引き出す
瀬戸内海の恵みを受け、多様な食文化が発展してきた岡山。季節ごとに取れる魚を無駄なく食べきろうと、魚種に特化したさまざまな調理方法が伝わっている。今回は、岡山の魚食文化について詳しい「福寿司」の窪田悟さん、岡山水産物流促進協議会・会長の森下倫年さんに岡山の地魚や郷土への想いを伺った。
岡山でしか食べられないヒラ
定番メニューとして提供
岡山でしか食されないニシン科の白身魚「ヒラ」。古くから岡山の人々が「ヒラの味、小骨がなければ献上魚」と称してきたとおり、強いうま味とコクのある味わいが特徴。一方で小骨が多く、下処理に手間が掛かる。岡山では骨切りという調理法でたくさんの人に親しまれ、食べられてきた。そんなヒラの料理を季節問わず提供しているのが「福寿司」だ。
福寿司は岡山駅西口近くで1956年から続く寿司店。「祖母が作る店の賄いにヒラが出ていました。出刃包丁でたたいてショウガ汁で食べるんですが、本当においしかったですよ」と話すのは三代目の窪田悟さん。中国最古の字書「爾雅(じが)」にもヒラのことが載っており、日本では全国で食べられていた形跡があったものの、食文化として残っているのは岡山だけ。「彦崎貝塚(岡山市)でヒラの骨が出土しているので、縄文時代から食べられていたことになります」。
岡山になじみの深いヒラだが、最近ではあまり食されなくなってきており、飲食店やスーパーでも見かけることが少ない「低利用魚」となっているという。低利用魚とは未利用魚とも呼ばれ、味が良い魚でありながら、流通の少なさから食卓に上がらなくなった魚のこと。窪田さんはこう語る。「10年以上前まではスーパーに1匹丸ごとのヒラが売られていたんですが、だんだん見かけなくなりました。代わりに並ぶようになったのが、輸入や養殖などで手に入りやすくなったマグロやサーモンといった魚です」。
福寿司ではヒラの刺身やにぎり寿司を定番メニューとして提供している。透き通るように美しいヒラの薄造りは、窪田さんの高い技術が作り上げる逸品だ。「アジのようなうま味の強さとタイのような淡白さを兼ね備えていて、一度食べたらクセになるおいしさ」と地元客はもちろん、出張で訪れた県外客、ヒラを食す習慣のある中国や台湾の外国人客に喜ばれている。今でも数は少ないがヒラを扱う店はあるといい、ヒラの下処理の仕方やレシピなど広く伝えている。
料理を通して地魚の魅力を発信
食文化を次世代へ
窪田さんは2019年に岡山で親しまれている魚「サワラ」の生態からレシピまでをまとめた本を出版した。店の営業の合間や休日に郷土資料や専門書を読み、県水産研究所や漁師、郷土料理を作り続けている主婦に取材し執筆。生まれ育った地の食文化を守り、多くの人に伝えていきたいという思いは人一倍強い。
店では他店では味わえないサワラの丼「わらどん」や、伝統的な調理法を再現した「備前ばら寿司」が人気。また、家庭ではほどんと食されていないアカエイを使った煮付けなども提供している。「アカエイも縄文時代から食べられている魚。つるっとして味が濃くおいしいです」。岡山の地魚の魅力を一人でも多くの人に伝えたいと心を尽くしている。
(2023年6月取材)
【vol.2】
地魚のおいしさを知って
低利用魚の魅力を広く発信
古くから岡山では瀬戸内近郊で取れた魚を日常の家庭料理として工夫し、おいしく味わってきた。魚を食べることから季節の移り変わりや旬の味、魚の豆知識などを学んできた背景がある。そんな「魚食」の魅力を広く伝えようと活動しているのが、岡山水産物流促進協議会・会長 森下倫年さん。2019年には水産庁の「お魚かたりべ」に任命されている。
岡山市中心部で生まれ育ち、3歳から近くの西川で魚を捕って遊んでいたという森下さん。水産関係の仕事に就くことを志し、大学時代にはマグロの研究に没頭した。卒業後は帰郷し県水産研究所、県漁連などで勤務。「振り返ってみると食品加工から燃料・漁業資材の調達、直売所のレストラン経営、政府の助成金関係など仕事内容はバラバラ(笑)。でも、いつも中心にあったのは魚。全部『魚へん』『さんずい』がつくものばかりでしたね」と笑う。
「ゲタをもっと食べてもらいたい」―。20年前、倉敷・下津井の漁師から聞いた一言が森下さんの心を動かした。ゲタとは瀬戸内海で漁獲されるシタビラメのこと。フランス料理にも使われる高級食材で、岡山では煮付けやから揚げとして食卓に並んでいた。ところが、おなじみの魚だったゲタは魚食量の減少や、スーパーが増えて流通の形が変わったことで食卓に上がらない低利用魚になっていったという。
森下さんはゲタの魅力を講演で繰り返し伝え、全国の漁連が自慢の地魚を紹介するウェブサイト「プライドフィッシュ」で紹介。2014年の全漁連主催の料理コンテストでは、ゲタの切り身を揚げてフリッターにした創作メニュー「ソールアンドチップス」を考案し、準グランプリを獲得した。2018年に県漁連常勤理事を退いた後も、低利用魚の魅力を伝えることに尽力している。
岡山の地魚を皆さんの食卓へ
魚食文化を伝承
森下さんが会長を務める岡山水産物流促進協議会(通称「おかとと」)は2019年に設立。「岡山で魚(とと)を食べよう!」を合言葉に、地魚のおいしさやその調理法など魚に関するさまざまな情報を発信している。おかととが「推し魚」としてPRするのはチヌ、ヒラ、スズキ、ハモの白身魚4種。中でも岡山でしか食べられていないヒラの普及に力を入れ、レシピの提案や岡山南高校の商業クラブと協働した広報活動などを行ってきた。
活動4年目となる現在では、ヒラの知名度が少しずつ上がり、取り扱う飲食店やスーパーも増えているのだとか。「2023年の夏は小学生に向けたイベントを企画。岡山のおいしい魚を知ってもらい、味わってもらうことで食文化を伝えていきたい」。森下さんは魚食文化の伝承者として、今日もさまざまな取り組みを行っている。
(2023年6月取材)
【vol.3】
食べ方が分かればおいしい
岡山が誇る地魚
魚食文化の伝承者として尽力するお魚かたりべの森下倫年さん、料理を通じて地魚の魅力を伝える「福寿司」窪田悟さん。お二人に岡山の魚食文化についてお話をしていただきました。
森下さん:古くからいろいろな魚が取れていた岡山では、魚種に特化したさまざまな調理方法が伝わっていました。町の鮮魚店が魚介類の旬や産地、おいしい食べ方などを消費者に教え、調理方法に合わせた下処理のサービスもして食生活を支えていた。それが流通の経路が変わり、店舗に旬の魚が並ぶことが少なくなりました。
窪田さん:スーパーに並んでいる魚といえば、ハマチやノルウェーやチリ産のサーモン、冷凍マグロですね。
森下さん:便利で、安くて、調理しやすいもの。でも、表には出ないけど、食べ方が分かればちゃんとおいしい魚が岡山にはたくさんあります。ヒラもその中の一つ。見た目は巨大なママカリだね。
窪田さん:ママカリは地方でいろんな呼び名がありますが、ヒラはどこに行ってもヒラなんですよ。
森下さん:体が平べったいから、学名もヒラ。ヒラは釣りに行っても釣れないんだよね。受け口になっているので針がかかりにくい。皮の下にたくさん小骨がありますが、骨切りすればおいしくいただけます。
窪田さん:小さい頃からヒラを食べてきました。たたいてネギやミョウガを入れて。おいしかったですよ。
森下さん:私が子どもの頃はヒラの煮付けばかり出てきた。腹も一緒に筒切りにして、夏は白子が入ったのをそのまま煮るんです。「またヒラか(笑)」というくらいなじみのある魚。
森下さん:新鮮なヒラは刺し身にすると絶品。うま味が強い。
窪田さん:日本酒が合いますね。冷酒がおすすめです。ヒラは江戸時代の後楽園の料理日誌にも登場しています。包丁でたたいて、塩にして酢に漬けてなますに。酢漬けにしたヒラはばら寿司にも入っていたようです。
森下さん:今は市場にも出てきているけど、以前はヒラが網を痛めるから害魚扱いされていました。漁師が漁連にもってきて買ってくれと言われ、捨てるのはもったいない。トロ箱で買い取って、コンテナにたまったら取引業者を通じて食習慣のある上海に送っていました。
窪田さん:中国料理では高級料理の食材ですし、日本では縄文時代から食べられてきた魚。おいしいのは間違いありません。
森下さん:おかとと(岡山水産物流促進協議会)では4年前からヒラの知名度を上げていこうと活動し始め、今はスーパーでも取り扱ってくれるところが増えてきました。売り場に並んでいるものは骨切り処理がしてあるから、あとは調理するだけなので、扱いやすいしおいしくいただける。
窪田さん:一度味わうとおいしさが分かるので、ぜひ食卓で味わっていただきたいですね。
森下さん:おいしい魚には力がある。これからも岡山の地魚の魅力を広く伝えていきます。
(2023年6月)
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