TSUYAMA
MAGAZINE ふるさと図鑑
つやま産業支援センター
MADE IN TSUYAMA|つやま産業支援センター
伝統あるものづくりの技と心
津山の魅力を全国へ発信
古くから美作国(みまさかのくに)の産業や文化の中心地として繁栄してきた津山市。出雲と姫路を結ぶ出雲街道の要衝として栄え、江戸時代に津山城が完成してからは城下町として人とものの交流が盛んに行われた。その中で、さまざまなものづくりが進化を遂げている。つやま産業支援センターは2015年、長年培われたものづくりの技を全国へ発信する地域ブランド「MADE IN TSUYAMA(メイドイン津山)」の取り組みをスタート。従来は名だたるブランドの下請けをしていた職人らが、長年の経験と高い技術力を駆使し、細部にまでこだわった高品質な製品を生み出している。
下請けからの脱却
付加価値のある製品を自ら生み出す
地域産業の活性化を図るため、2015年4月に開設されたつやま産業支援センター。大きな特徴は、窓口で相談を待つのではなく、スタッフが自ら企業に足を運んでいること。「月の半分くらいは企業訪問に出掛けますね。センターではこれまで600社以上の企業に訪問しています。現場を見せていただきながら強みや課題をご相談させていただき、支援の仕方を個別に組み立てていくんです」とつやま産業支援センターの平山勝浩さん。
訪問を続ける中で、高い縫製技術を誇る企業があった。津山地域は江戸時代から養蚕が奨励され、明治時代には製糸業が発展。県南部の繊維産業の発展もあり、津山地域にも多くの縫製企業が生まれたという。「ほとんどの企業がブランドから依頼を受けたり、メーカーから依頼を受け、下請けとして製造しているのが実情でした。下請けのみの仕事だと、取引先から依頼が途絶えた際に経営が立ち行かなくなる危険性があります」。国内の繊維産業をはじめとする製造業は、1980年代末以降、加工賃などコストの安い海外に工場を移し、縮小している状況だ。また、「皆さんの製品を見ていると、本当に質の良いものを作られていて、その技術を下請けだけで終わらせるのはもったいない。付加価値のある製品を自らの手で売っていきましょうと呼び掛けたんです」。
自社ブランドの立ち上げ
真摯で妥協なき姿勢
「MADE IN TSUYAMA」第1弾として取り組みを始めたのは、全国に高級ネクタイを提供してきた笏本(しゃくもと)縫製。「それまでは与えられたものを淡々と作る仕事をしてこられたので、『作ることには自信があるけど、販売するノウハウがない』という声を受け、地元デザイナーや東京からUターンした方にお願いして週1回のミーティングを実施。客層や価格設定、ブランディングの仕方など一つずつ課題を解決していきました」。
スタートイベントとなった鳥取県・岡山県共同アンテナショップ「とっとり・おかやま新橋館」(東京都新橋)のフェアでは、京都や山梨の国産シルクを使い、高い技術を持った職人が一本ずつ丁寧に作り上げたネクタイが並んだ。機械で大量生産されるネクタイでは表現できない風合いやねじれのなさ、形の綺麗さを徹底的に追及したネクタイは、多くの人から高い評価を得ている。
現在、笏本縫製は「流行りものではなく、お客様一人ひとりに寄り添ったネクタイを作りたい」と自社ブランド「笏の音(しゃくのね)」を立ち上げ、自社で企画からデザイン、販売まで行っている。
昨年、アパレル業界は新型コロナウイルス感染拡大の影響で大きな打撃を受けたが、笏本縫製は「マスクが行き届かない状況の中、縫製工場としてできることを」と、いち早く布マスク生産に取り組んだ。ネクタイに必要な立体的な縫製技術を転用したマスクは、着け心地がよく顔に優しくフィットする。また、布マスクは洗って繰り返し使えるため、サスティナビリティ(持続可能性)も高い。
「笏本さんは『MADE IN TSUYAMA』で製品づくりのノウハウがあったからこそ、すぐ動くことができたと仰っていました」と平山さん。コロナ禍の中、「できることからやろう」と自社の強みである縫製技術を活かし、『MADE IN TSUYAMA』のバッグ製造を手掛ける末田工業所はフェイスシールドを、オリジナルジーンズを手掛ける内田縫製はデニムマスクを製作している。
ぶれない商品づくり
地元「津山」を表現したジーンズ
『MADE IN TSUYAMA』で2016年から自社ブランドの製造、販売を手掛ける企業の一つ、内田縫製を訪ねた。1982(昭和57)年に会社設立。40年以上ジーンズ縫製に携わり、大手一流ブランドや有名なセレクトショップの下請けをしてきた老舗の縫製工場だ。
代表取締役の内田政行さんは、自社ブランド製品を作ろうと思ったきっかけをこう振り返る。「作り手としていつかはオリジナルジーンズを作りたいという夢はありました。でも、世の中に何千何百というジーンズがある中、自分たちで作ったところで売れないだろう。デザインやブランディングもですが、販売する方法が難しい。だから、最初は乗り気じゃなかった。そんな中、つやま産業支援センターがサポートしていくからと強い後押しを受け、やってみてもいいかなと思いました」。
自分たちでしか作れない最高のものを作りたい―。内田さんは、地元「津山」らしさを、津山城の桜で表現し、ジーンズに込めた。「普通のジーンズ生地は縦糸がインディゴ、横糸が白色なんですが、その白をピンク色に染めたんです」。オリジナルジーンズ「さくらⅡ」では前見頃と後ろ見頃、剥ぎ合わせた生地の色をすべて変えて、桜の「つぼみ」「咲きかけ」「満開」「散り始め」の4種類を表現した。
また、布を織る際に旧式の織機(シャトル織機)で織り上げ、端のほつれ止めが施された「セルビッチデニム生地」を使用。ジーンズははき込むほどに生地の表面が擦れて染料の付着した部分が削れていき、色落ちが生じる。座ったときのしわやポケットに入れる財布の部分などに「あたり」といわれる、擦れて白い部分ができるが、オリジナルジーンズの「さくらⅢ」はあたりが桜色に変化。洗うほどに風合いが増し、独特の色落ちやムラ感が現れる経年変化を楽しめる。「裏返しにして飾ってあると目を惹くでしょ。足を止めてもらうきっかけになれば、という想いだったんですが、フェアが終わってみたら一番売れたのは桜ジーンズでした」。
見えない部分にも工夫を凝らし
経年変化を楽しむ
育っていく過程を楽しむ内田縫製のオリジナルジーンズ。「長くはいてもらうためには、生地と縫製、両方の質が良いことが大前提」と内田さん。縫製に関しては長年培った技術を注ぎ込み、表から見えない部分にもさまざまな工夫を凝らしている。例えば、ポケットに携帯電話や財布を入れると早くに穴が開いてしまう。それを見越してポケットの底を最初から補強しておいたり、1年後、2年後を見越してしわのメリハリが出るように、ベルトループの糸と糸の間を膨らませて縫いあげるなど、そのこだわりは細部にわたる。ファスナーやボタン、リベット打ちにもこだわりがある。また、「5年、10年とジーンズを楽しんでほしいから」と、傷んだ生地の破れや穴などの補修(リペア)を無料で行っている。
ジーンズは、ロール状に巻かれた生地を約15種類のパーツに裁断し、縫い合わせて作っていく。前身頃と後ろ見頃は別々のラインで作業。ポケットの縫い付けや左右を縫い合わせる作業、裾、ベルト部分、ボタン部分の加工、リベット打ちなど、専用のミシンが作業順に並び、それぞれ得意分野を持つ技術スタッフが製作にあたる。「普通は穴を開けたり、ボタンを打ったりというのは専用工場に外注しているところが多いんですが、うちは特殊なミシンもすべて揃えています。最初から最後まで、品質も納期もここで管理できるのがうちの強みですね」。
一流のジーンズ職人を目指し切磋琢磨
少し開いた窓から見えるのは、緑の美しい山々。ミシンに向かって作業する女性スタッフや、仕上げや検品をする男性スタッフ。「わし、ジーンズが欲しいんじゃ」と工場を訪ねてくる地元住民がいたり、遠方から工場の見学に訪れて感激して帰っていく人がいたり、工場は和気あいあいとした雰囲気が漂う。
リベット打ちをしていた前川大和さんの指は、藍色に染まっていた。「ジーンズが好きで、1月からここで働いています。横須賀から津山へ移住してきました」。内田縫製はオリジナルジーンズを通じて会社の知名度が上がり、各地からジーンズ職人になりたい若者が訪れるようになった。この5年でスタッフの平均年齢は20歳も若返ったという。
森山竜乃介さんは、3年前に栃木から夫婦で津山へ移住してきた。それまで縫製の経験はなかったが、今では後輩を指導するまでに。その森山さんのSNSを通じて内田縫製のことを知った田中真紀さんは、今年3月から働き始めた新人だ。「地元の福井でユニフォームを縫っていました。普段着るジーンズを作りたくて岡山へ。仕事が終わった後に会社に残って、先輩にジーンズの縫い方を教えてもらっています。毎日が楽しい」と笑顔で教えてくれた。内田縫製では、縫いたい洋服や小物があれば昼休みや勤務後に自由にミシンを使ってよい環境があり、分からないところは皆で教え合って技術の向上を図っている。また、各自作ったものが自社ブランドの新商品へのアイデアにつながっている。
内田縫製のオリジナルジーンズは、生産数でいえば全体の2%だという。「でも、お客様から直接感想が聞けるのは嬉しいし、やりがいになります」と内田さん。スタッフのモチベーションも上がり、みんなが一流の職人を目指して高め合っている。「これまで培った技術と想いを込めた自社ブランドの製品づくりを、長く続けていきたい」と語る。
新たなファニチャーブランド
森林循環を伝えるプロダクト
2019年、つやま産業支援センターは多摩美術大学との産学官共同研究「つやま家具プロジェクト」を始動した。特産の「美作材」が、輸入木材の拡大により需要が激減。津山地域のスギやヒノキが伐採されず、森林が循環していない問題に取り組むため。プロジェクトの目的は、より多くの人に良質な美作材の製品を使ってもらい、森林の循環を促すというものだ。同大学環境デザイン科の学生を中心に、現地視察研修を実施し、プロダクトデザインを募集。プレゼンテーションを行った結果、津山で家具製造をしている木工4社の5点が新たに商品化された。
「学生からは社会の環境課題に少しでも携われてよかったと感想をいただいています。ただ、昨年予定していたイベントが新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて開催直前で中止になってしまい、皆さんへのお披露目ができませんでした」と、つやま産業支援センターの平山さん。今年4月に東急ハンズ新宿店(東京都千駄ヶ谷)で初の展示販売会を開催する予定。若い感性と美作産の良質な木材、地元企業の技術力が融合した「つやま家具」の魅力を届ける。
津山が誇るものづくりの技と心を発信する『MADE IN TSUYAMA』がスタートして5年。新たな課題も見えてきたというが、現場に足を運び、企業に個別に向き合うスタイルは変わらない。「今後はデザイナーとのマッチングや、販路開拓などの各ブランドごとの伴走支援に力を入れていきたいと考えています」。その試みは今後ますます広がりを見せていきそうだ。
(2021年3月取材)
MADE IN TSUYAMA
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