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MAGAZINE ふるさと図鑑
鷹取醤油 株式会社
こいくち醤油(桐印)|鷹取醤油 株式会社
地域に愛される味を守り続けて
甘くまろやかな「こいくち醤油(桐印)」
JR赤穂線の長船駅と伊部駅の間にある香登(かがと)駅。国道から新幹線の高架をくぐって旧山陽道に出ると、瓦屋根に漆喰の古い軒が連なり、郷愁を感じさせる街並みが続く。その一角に、115年続く醤油蔵「鷹取醤油」がある。独自の火入れ法で醸造される「こいくち醤油(桐印)」の味を大切に守りながら、醤油をベースにした加工調味料や醤油スイーツなど、時代の変化や顧客ニーズに寄り添った商品づくりを続ける。
地域に愛される醤油を
真摯に造り続ける
江戸時代、旧山陽道の宿場町・片上(備前市)と藤井(岡山市東区)をつなぐ休憩地として栄えた香登。東からきた山陽道が吉井川にぶつかる直前に位置し、水陸の交通網の拠点として発展。農産物の集散地であったこと、熊山の伏流水により豊富な良い水が得られたことから、醤油や味噌などの醸造業が盛んであった。鷹取醤油は、明治38年(1905年)に創業。店の前にある暖簾の「伏市(ふしいち)」は、鷹取家の屋号「伏見屋」にちなんだもの。創業者・鷹取市平氏が「伏見屋市平」と名乗ったことから、できあがった醤油に伏見屋の「伏」と市平の「市」で「伏市」と名付け、地域に根付いた醤油造りを行ってきた。現在は4代目の鷹取宏尚さんが代表取締役を務める。
店に入るとひんやりとした土間が広がる。その奥にあるのが醤油蔵だ。醤油の材料は大豆と小麦、塩の3つ。大豆と小麦に麹菌を加えて麹を作り、麹に塩水を混ぜて「諸味(もろみ)」を造る。攪拌(かくはん)を重ねながら寝かせると、麹菌や酵母の働きで発酵する。熟成した諸味を搾ったものを「生揚げ(きあげ)醤油」と呼び、それに熱を加え、色や味、香りを整える工程「火入れ」をして完成となる。
蔵を訪れた日、早朝から火入れ作業が行われていた。中には大小10基のタンクがずらりと並ぶ。火入れを担当するのは営業部の遠藤義記さん。「鷹取醤油ではまろやかな甘さを引き出すため、鹿児島県喜界島産の砂糖『キザラ』を使っています」。仕込む量は3000ℓ。水に溶かしたキザラを生揚げ醤油に加え、温度を85℃まで引き上げて自然冷却させる。出来上がった醤油はじっくりと味をなじませ、出荷のときを待つ。
まろやかで甘くさらりとした
「こいくち醤油(桐印)」
醤油は、素材の味を引き立てたり、生臭さを消したりと何でもうまく適応して使われる万能調味料だ。「皆さん、醤油はどれも同じ味というイメージがあると思うんですけど、実際は違うんです」と遠藤さん。地域でとれる魚介などの素材特性や、歴史的な食文化と深い関係があるという。「日本地図でいったら西へ行くほど甘めの味を好むんです。鷹取醤油は岡山で一番東側にある醤油蔵ですが、すぐ隣は関西圏。関西はだしの風味を引き立てる薄口文化、九州ではしっかりと甘みの強い醤油が一般的です。岡山は瀬戸内海で獲れる淡泊な魚に合う、まろやかで甘くさらりとした醤油が好まれます」。
そんな地元の人に愛される味を追求し、鷹取醤油で代々造り続けているのが「こいくち醤油(桐印)」。甘みとうま味のバランスが良く、まろやかで香り高い。「かけ醤油としてお刺身やおひたしに。卵かけご飯にもおすすめです」。鷹取醤油では、先代から備前市の地域に直接醤油の配達を行ってきた。顔を合わせ、会話することで信頼関係が生まれる。現在は遠藤さんが担当し、30軒をまわるのだとか。かつては一升瓶の醤油を10本まとめて配達することもあったというが、「今は半年に1回、一升瓶6本を配達しています。一人暮らしのご家庭も多いんですが、遠方にいる娘さんやお孫さんに送るから置いていってという方も。何代にも渡って使い続けてくださることが嬉しいです」。
時代とともに進化
研究を重ねた加工調味料
4代目・鷹取宏尚社長は元々銀行の営業マンだった。家業を継ぐ決心をした30年前、商品は醤油4種類のみだったという。当時は地域のお客様を相手に電話で注文を受け、トラックで配達するスタイル。鷹取宏尚社長は鷹取醤油が今まで大事にしてきたこだわりは貫き、新しいやり方を模索。銀行時代に培った営業力を発揮し、飲食店への販路を広げた。また、食生活の変化により醤油の消費量が下がってきたため、ドレッシングや麺つゆといった加工調味料の研究に力を注ぎ、思考錯誤を重ねて商品アイテムを増やしていった。
「一番初めに取り組んだのは醤油にニンニクを漬け込んだ『にんにくん』でした。当時はラベルも手書き。農協に置いてもらって、実演販売をしてね」と、当時を振り返るパートナーの順子さん。その後、改良を重ねて生まれたのが「にんにく醤油」。風味豊かな青森県産の生ニンニクを、本醸造醤油にじっくりと2カ月間漬け込む。深いコクと濃厚な香りが特徴で、チャーハンやカレーライスの隠し味などにも使われる人気商品となった。
現在、鷹取醤油が扱う商品は飲食店向けの業務用も合わせると350アイテムを超える。「うちは効率より品質重視。味にはとことんこだわります。小さな醤油屋だからこそできることを」と話すのは、商品開発に取り組む工場長の那須 巧さん。素材の香りやうま味を引き出した商品づくりで、お客様のニーズに合った味わいを目指す。
楽しくユニークな商品開発
しょうゆソフトクリーム
醤油から派生する商品を、楽しくユーモアたっぷりに開発していく鷹取宏尚社長。その柔軟な発想はたれやドレッシングなどの調味料にとどまらない。会社名にちなんだネーミングから思いついた菓子「たかとりんとう(かりんとう)」や、地元で収穫した米とだしつゆから生まれた煎餅、瀬戸高校の生徒から防災用の飴を作りたいと相談を受け協働で開発した「防災CANDO(キャンディ)」などバラエティに富んでいる。
中でも鷹取醤油の名前を世間に広めたのが「しょうゆソフトクリーム」だ。きっかけは岡山県物産展だった。にんにく醤油がなかなか売れず、隣のブースで行列ができていたソフトクリームに着目。和の調味料とソフトクリーム。異色の組み合わせだが、醤油と水あめでつくるカンロ飴がヒントとなり商品開発へ。2000年春から販売すると、キャラメルのような味わいが評判を呼び、20年経った現在もソフトクリームを求めて遠方から多くの人が訪れている。
社長が腕をふるう
「まかない」で心一つに
鷹取宏尚社長は月1回、「社長のまかない」で従業員に昼食をふるまう。きっかけは、若い従業員に野菜をたっぷり食べさせてあげたかったから。「うちは従業員の半数が20代から30代。彼らが昼ごはんにコンビニに行ってカップラーメンばっかり買って食べよったから、よし、サラダを作ってやろうと。そしたら、麺が欲しいじゃ、肉が欲しいじゃ、リクエストがどんどん出てきて(笑)」、定食のような献立を作るようになったという。そして、もう一つの大きな理由は自分たちが造っている調味料の味を知ってほしいから。
定番の献立はにんにく醤油を使った唐揚げや、丼のたれを使ったカツ丼、夏にはさっぱりとした冷やし中華など。野菜サラダは必ず登場し、自慢のドレッシングをかけていただく。一度に仕込む量は40~50人分。従業員だけのはずが、「まかないの話を聞きつけた人が『食べてみたい』と言うので誘っていたら、大人数になってしまった」と笑う鷹取宏尚社長。
当日は朝から準備を始め、調理は最後までほぼ一人で行う。鷹取宏尚社長が大事にしているのは、社員一人ひとりとの会話。必ず顔を見て皿を手渡し、コミュニケーションを図る。「『同じ釜の飯を食う』という諺があるけど、従業員同士の会話も弾むし、何よりみんなが美味しそうに食べている姿を見るのは嬉しいよね」。
地域とのつながりを大切に
歩み続ける鷹取醤油
地域とのふれあいを大切にする鷹取醤油では、毎年11月に従業員が一丸となってお客様をもてなすイベント「豊醸祭」が開かれる(2020年度は新型コロナウイルス感染防止のため中止)。醤油蔵の見学やステージイベント、ゲーム、フードコートなど2日間にわたり、香登は県内外からの来場者でにぎわう。また、地域の秋祭りにも積極的に参加し、神社でアイスクリームや唐揚げを提供するなど祭りを盛り上げている。
2015年、本社の横に「燕来庵(えんらいあん)」がオープンした。店先にはスタッフが心を込めて手作りした試食が準備されている。また、月1回開催される「ふしいちの日」に合わせて、特別価格で販売する加工調味料のレシピを紹介している。丼のたれを使った炊き込みご飯や、ドレッシングで鶏を炊いた甘酢煮など、味を決めるのは加工調味料一品のみ。「簡単・美味しい・楽しい」をモットーにした、家庭で手軽に作れる時短料理だ。
レシピ作りを担当しているのは工場長の那須さん、國重美樹さん、鷹取杏実さん。社内で交わされる「今日の晩ごはんは何を作る?」という会話をヒントに、アイデアを練る那須さん。実際に調理してレシピを作成し、写真撮影をする國重さん。写真を使ってレシピカードを作り、SNS(インスタグラム)にアップする鷹取さん。3人の連携プレーで出来上がるレシピの数々は、シンプルな手順と出来上がりの美味しさで評判になっている。
鷹取醤油では、製造担当も事務員もすべての従業員が店に立って接客をするという。「社員自身が自社の商品を知り、そしてお客様の声を直接聞くことが大事。できるだけ自分たちから声をかけていくことを心がけています」と工場長・那須さん。美味しいものの先には、笑顔がある。燕来庵では今日も気持ちよい挨拶が飛び交い、たくさんの笑顔であふれている。
(2020年10月取材)
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