OKAYAMA
MAGAZINE ふるさと図鑑
宮下酒造
クラフトジン岡山|宮下酒造 株式会社
新たな発想と革新で独創的な酒造り
香り高い「クラフトジン岡山」
創業100年を超える地酒メーカー「宮下酒造」は、個性豊かな岡山の酒を醸造し、培った技術をあらゆる分野の酒造りに活かしている。1995年(平成7年)、中国地方初となる地ビール「独歩(どっぽ)」の製造販売を開始。2011年(平成23年)にはウイスキーの製造に着手し、2015年にドイツ製ウイスキー単式蒸溜器「ポット・スチル」を導入、岡山蒸溜所として本格スタートした。第一弾として製造した「クラフトジン岡山」は、個性あふれる味わいと国内初の樽貯蔵で注目されるなど、クラフト酒文化の先駆者として歩み続けている。
五感を駆使して麹に向き合う
備中杜氏の技と味
JR岡山駅から東へ一つ目の駅「西川原」から歩くとすぐに「独歩ビール」の大きな看板が目に入る。レストランとショップを併設した「酒工房 独歩館」の横には、三角屋根をした岡山蒸溜所。敷地内には後楽園ブルワリーや酒蔵が並ぶ。日本酒やビール、ウイスキーの蒸留、樽の貯蔵庫など、多様な酒造りが一つの場所で見学できる施設は全国でも珍しい。
宮下酒造は1915年(大正4年)に岡山県玉野市で創業した。1967年(昭和42年)、岡山三大河川の一つである旭川のほとりへ蔵を移転。岡山県産の米と旭川の伏流水を原料に、伝統的な備中杜氏の技術を用いて酒造りを行う。酒蔵近くで栽培される雄町米は、日本酒の原料に適した酒造好適米の一つで、栽培が難しいことからかつては“幻の酒米”と呼ばれたことも。宮下酒造では雄町米の発祥の地、岡山市中区高島地区で収穫した元祖雄町米「高島雄町」を使った純米大吟醸「極聖(きわみひじり)」などを手掛けている。
訪れた9月、酒蔵は静まりかえっていた。日本酒は秋に収穫した新米を仕込み、冬から春にかけて造られる。製造部長・備中杜氏の岡﨑達郎(たつお)さんが「室(むろ)」と呼ばれる部屋へ案内してくれた。酒米のでんぷんを糖に変える麹(こうじ)を造るのが室だ。酒造りには「一麹、二酛(もと)、三造り」という言葉があり、最も重要な工程が麹造りといわれている。
質の良い麹は、最適な室温と湿度の中で生まれる。「吟醸はすべて手作業で行っています。麹が出来上がるのに3日かかるんですが、菌は夜も動いているので泊まり込みで世話をします」。麹の状態を均一に保つため、麹蓋(こうじぶた)を2、3時間ごとに上下左右入れ替える。見た目や匂い、手触りなど五感を駆使して麹に向き合う。「ただ、元を正せば原点である原料処理が一番大切」と岡﨑さん。米の状態はその年の気候や環境の影響を受けて毎年変わる。「その違いを見極め、丁寧に原料を処理することが大前提です。米の状態をみながら微調整し、先代から受け継いだ宮下酒造の味を守っていくことが自分の役目」と話す。
「独歩」の原点となるブラウマイスターの教え
1994年(平成6年)の酒税法改正で最低製造数量が引き下げられたのを機に、宮下酒造はビール製造を開始した。当時、国内にはビール製造に関する情報が少なかったため、ビールの本場・ドイツを視察。原料や機械を輸入し、ブラウマイスターと呼ばれる醸造技師を招いて指導を受けた。翌1995年7月、全国で9番目、中国地方では初となる地ビール「独歩」が誕生する。麦芽(モルト)やホップ、ビール酵母はドイツの厳選素材、水は日本酒の仕込みにも使っている旭川の伏流水を地下100mからくみ上げて使用。熱処理をせず、生きた酵母入りの新鮮さが特徴だ。
ビール造りにおける発酵は上面発酵と下面発酵があるが、「独歩」は低い温度でゆっくり時間をかけて味わいを生み出す下面発酵を主に採用している。「丸一日かけて仕込みを終えた後、10℃前後で2週間発酵させ、さらに温度を下げて熟成に1カ月。出荷までには45日くらいかかります」と、ビール醸造課の伊藤泰信(やすあき)さん。ビールのもとになる麦汁を搾るタンク、ろ過する装置など一つずつ工程を説明してもらう。ビール製造で大切にしているのは、原点となるブラウマイスターの教えだという。基本を忠実に行うことはもちろん、酵母の活性が良くなるよう25年前の資料を読み解き、仕込み方法を見直すなどして改良を重ねている。
ピルスナー、デュンケルといった伝統的なヨーロッパタイプ2種からスタートした「独歩」。誕生から25年が経ち、地元の酒米・雄町米を使ったラガービールや、岡山県特産のマスカットや桃などの果実を使ったフルーツビール、上面発酵のエールタイプなどバラエティ豊かな17種を展開し、ファンを増やしている。
岡山県産の原料にこだわり、
日本酒の技術を取り入れたウイスキー
「宮下酒造の歩みの中で一番の転機は地ビールを始めたこと。いろんな広がりが生まれました」と教えてくれたのは営業課長の林 克彦さん。「独歩」の開発の一つとして浮上したのが、地ビールと焼酎の製造技術の融合だった。焼酎で培った技術を活かし、ビールの蒸留を開始。樫樽で5年以上熟成させ、2007年(平成19年)にビールのスピリッツ(蒸留酒)である「ビア・スピリッツ オールド・独歩」を開発した。ベルギーやフランスでは発売されているが、日本では初の試みだったという。これがウイスキー造りへとつながっていく。
2011年(平成23年)にウイスキー製造免許を取得し、地ウイスキーへの挑戦が始まる。材料は岡山県産の二条大麦と旭川の伏流水を使い、発酵については低温で長期間発酵させる日本酒の技術を取り入れた。焼酎用のステンレス製蒸溜器を使っていたが、2015年にドイツ製のポット・スチル(単式蒸溜器)を導入。大きさは高さ4m、幅4m、奥行き3m。発酵させた麦汁を投入してアルコールを蒸発させる煮沸釜と、アルコールを冷やして液体にした原液を集めるタンクで構成されている。雑味成分を取り除く銅の働きを利用して、クリアな味わいを引き出すことができるという。
岡山蒸溜所ではウイスキーの蒸留が行われていた。麦汁に酵母を加えて発酵させた醪(もろみ)をタンクの中に投入する。一度に仕込む量は1600ℓ。「醪はアルコール濃度が7%程度しかありませんが、蒸留を行うことで88%にまで一気に凝縮されます」と、蒸留担当の堀出 翼(たすく)さん。蒸留したてのウイスキーは透明で、「ニューポット」と呼ばれるそうだ。穀物を感じるほのかに甘い香りが漂ってくる。「蒸留してとれる原液は100ℓ。これに加水して、樽に漬け込むためのアルコール度数65%前後に調整していきます」。ニューポットはシェリー樽やブランデー樽、国産のミズナラ樽などで3年以上熟成され、完成する。
淡い琥珀色は樽貯蔵の証し
香り高い「クラフトジン岡山」
ポット・スチルの導入は、さらに新しい酒造りへとつながっていく。17世紀半ばにオランダで生まれた酒「ジン」の製造だ。ジンはトウモロコシや大麦といった穀物を原料とし、セイヨウネズという針葉樹の果実・ジュニパーベリーのスパイスで香り付けをした蒸留酒。
当時、国内でジンを造っているところはなくゼロの状態からのスタートだった。「外国からレシピを仕入れて造ってみたんですが、個性が感じられなかった」と、営業課長の林さんが振り返る。地元の岡山らしさを表現するため、特産品であるコリアンダー(パクチー)や白桃、ピオーネの皮など14種のボタニカル(香味植物)を独自にブレンド。試行錯誤の中で、「宮下附一竜社長からベースとなるアルコールを自社製の米焼酎にしてみてはという提案があり、試してみると味も香りもガラリと変わった」という。
蒸留後はそのまま瓶詰めをせず、焼酎を貯蔵していた樫樽で数カ月熟成させる。樽熟成をしたジンは国内でも初めての試み。通常のジンは透明だが、「クラフトジン岡山」は淡い琥珀色だ。「これも焼酎の樽貯蔵の知識があったからですね」。
「飲む香水」とも呼ばれているように、その爽やかな香りが特徴的なジン。青みがかったグリーンの香り、華やかなフローラルな香り、柑橘系のシトラスなど、複雑な香りと味わいのため、感じ方は人それぞれだという。トニックウォーターで割って仕上げたカクテル「ジントニック」は、「酒工房 独歩館」のレストランで提供しており、地ビールに次いで人気。今夏には炭酸飲料充填機を導入し、「匠バーテンダー家飲みカクテル」シリーズの一つとして発売。家庭でも気軽に「クラフトジン岡山」のジントニックが楽しめるようになった。
独創的な酒造りの道を求めて
限りなき挑戦を続ける
2017年にオープンした「酒工房 独歩館」のレストランでは、地ビールや日本酒、ウイスキーが食事と楽しめるほか、酒粕や酒麹を使った料理やスイーツを提供。
ショップには日本酒や地ビール、焼酎、リキュール、ウイスキー、ジンなど多種多様な酒が並び、その数、100点以上。好みを伝えるとぴったりの品を選び出してくれる。ワイン以外はすべて自社商品だ。
伝統ある酒造りを守りながらも、知恵を絞って新しいものづくりに挑んできた宮下酒造。その商品一つひとつが、社是に掲げられた「限りなき挑戦」の証しともいえる。
「クラフトカクテルの新しいアイデアがあるんですよ」と、目を輝かせて話す林さん。他社とは違う“宮下酒造らしさ”“岡山らしさ”“日本らしさ”にこだわった商品の開発。社員一丸となって、独創的な酒造りの道を追求している姿があった。
(2020年9月取材)
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