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林ぶどう研究所

林ぶどう研究所|林ぶどう研究所

岡山の地を生かしたブドウの品種改良で未来へ種をまく

JR岡山駅から車で10分走ると、山裾に田畑が広がるのどかな風景が見えてくる。「ぶどうの女王」と呼ばれている「マスカット・オブ・アレキサンドリア(アレキ)」の発祥の地、岡山市津高地区。ここで100年以上続く林農園の4代目、林慎悟さんは「林ぶどう研究所」を立ち上げ、育種家として質の高い品種改良と栽培に取り組んでいる。

【岡山のブドウの歴史】
岡山のブドウの歴史は130年前までさかのぼる。明治維新後、殖産興業策の一環として果実栽培が推奨され、桃やリンゴとともにブドウが導入。荒れ地でも育つということで栽培が始まったが、高温多湿の日本の気候風土になじまず失敗が続いた。そんな中、明治19(1886)年に岡山市津高地区に住む旧備前藩士が当時としては画期的なガラス温室を設け、アレキの収穫に成功。以来、栽培技術の研究を重ね、全国生産量9割を占める岡山県を代表するフルーツとなっている。また、岡山では先人からの技や信念を受け継ぎ、温室技術や栽培法を追求しながら、時代のニーズに合った多彩な品種のブドウ栽培が行われている。

一粒一粒に想いを込めて育てる

20年前からブドウ研究に携わってきた林慎悟さん。農業を始めたばかりの頃は、畑で虫や病気の被害が頻発していたという。農薬を散布してもなかなか治まらない。何が原因なのか、防ぐ方法はないのかと考えていたところ、視察先の農園で土壌の違いに気付き、土や微生物などを研究。現在は化学肥料を使わず、米ぬかや酒粕、海藻など有機肥料のみを使用。除草剤は使っていない。「ブドウの樹を一人の従業員だと思って接する」ように、人にも地球にも優しいブドウづくりを実践している。

研究所のブドウ畑を訪れたのは10月下旬。山の斜面にある昔ながらのガラス温室では、「こたつブドウ」の別名を持つ「コールマン」が実っていた。案内してくれるのは林ぶどう研究所の広報担当であり、慎悟さんのパートナーでもある林裕美さん。「動物は美味しいものをよく知っています」。ブドウは房の中でも、上と先端とで甘さが違う。鳥は一番甘い部分を知っていて、房の上の方だけつつく。「だから、ブドウに取り付けてある傘は日よけではなく鳥よけなんです」。山からタヌキが来てブドウ一房をきれいに食べてしまうこともあるという。

津高地区に連なるガラス温室。ブドウの葉が三角屋根を覆って、緑色の光で包まれている。

ブドウは接ぎ木で増やすので、1本の木から何種類ものブドウを食べることができる。根っこになるためのブドウの木を「台木」と呼ぶ。

「ブドウはヨーロッパ系とアメリカ系、大まかに分けると2つの品種に分けることができるんですよ」と裕美さん。アメリカ系は果皮が厚く病気に強い。ヨーロッパ系は雨に弱いが、皮が薄く繊細な味がする。アレキはヨーロッパ系で、雨に弱いためハウス栽培で水分や温度・湿度の管理を徹底して行い、数回に分けて粒を間引く摘粒(てきりゅう)を行うことで味も見た目も良いブドウに育てていく。施設栽培という文化を生かし、手をかけ丁寧に育てていくのが岡山ブドウづくりの特徴だと教えてくれた。

多彩なブドウの世界、畑で味わう贅沢な味

慎悟さんの代から品種改良を手掛けることになり、現在は16軒ある温室で約120種類の品種を栽培。スーパーなどでは見ることのできない珍しい品種が楽しめる。ぶどう畑に実っていた「クルガンローズ」は甘みが強く、皮も薄く食べやすい。「大きい房になると人間の赤ちゃんと同じくらいの大きさになるんです」。パンフレットにはその一部である45品種のブドウの写真と名前、特色が紹介されているが、まずその種類の多さに驚く。一粒一粒が個性的。細くとがった形や楕円形、ユニークな名前、果皮の色もさまざまで興味深い。

そんなブドウの奥深い世界を多くの人に体験してほしいと、林ぶどう研究所では3年前から「ぶどう食べ比べツアー」を行っている。「ブドウはたくさんあるのに、世間の皆さんに知られていなくて。食べ比べができるイベントを開催してみたらどうかなと」。メールアドレスも持っていなかった慎悟さん。裕美さんがアドレスを取得するところから始まり、研究所のホームページを開設、SNSを通じてイベントの周知をすると、思わぬところから反応があった。研究所のことを全く知らない、東京や大阪など県外からの参加者がほとんどだったのだ。

2019年8月に行われたイベントの様子 (撮影/淺野加帆里)

講座では慎悟さんが「岡山のブドウ生産農家だから話せること、育種家だから話せること」をクイズ形式で説明する。内容はブドウの保存方法や甘くなったブドウの見分け方などの豆知識から、新品種の作り方などマニアックなものまで。普段目にすることのない美しいぶどう畑に足を踏み入れ、見たことも味わったこともない珍しい品種など10種類近くのブドウを食べ比べ、自分の手で収穫したブドウを土産に持ち帰る。心身ともに楽しめるユニークなイベントの評判は広がり、この3年で県内外から多くの人がぶどう畑を訪れた。「都会から来た子どもたちは目の前の草むらやバッタにも喜んでくれます。自然が目の前にあることが新鮮みたいですね」と裕美さん。慎悟さんは「ブドウはちぎりたてが一番美味しいんです。それを考えると、畑で食べるというのが一番の贅沢。本物の味を知ってブドウのファンになってほしい」と話す。

岡山から世界へ。新品種マスカットジパング

2014年に品種登録された「マスカットジパング」は、慎悟さんが10年かけて開発した皮ごと食べられる種なしブドウだ。開発当初はアレキの価格が下落し始め、食べやすい皮ごと種なしブドウのニーズが高まりつつあった時。慎悟さんは「岡山の地の利を生かした品種、産地を守るためのブドウを開発したい」と、品種改良に力を注いだ。交配の組み合わせは膨大な数に上った。その、まだ「名もなきぶどう」が初めて実ったときは、小粒のブドウで「ちょっとこれは面白いかもしれない」と。それが、翌年育ててみると、粒の大きさが前年の10倍になりびっくり。調べていく中で、いろんな偶然が重なってできた品種だと分かった。その確率はなんと1万分の1。「よくぞ僕の手元に生まれてくれた、と感慨深かったですね」と当時を振り返る。

マスカットジパングは一粒が500円玉ほどの大きさで、ジューシーな食感が特徴。上品でさっぱりとした、爽やかなマスカットの香りが口に広がる。地域農業の将来を考え、ブランド化と品質保持のため苗木販売は県内の農家に限定し、譲渡や増殖を制限するなどのルールを設けた。約150軒の農家に苗木を渡し、栽培をしている。「最近問題になっている品種の海外流出についても、専門家に相談して取り組んでいくことが大切だと思っています」。2017年から市場に出回り、存在感を増しているマスカットジパング。その名の通り、世界へ羽ばたく日本のブドウとして一歩を踏み出した。

未来に向けて、種まきを続ける

慎悟さんは今もなお、地域の気候や風土に合わせた品種の多様化を目指して、改良を続けている。交配は雌しべに他の品種の花粉をつけ、実った果実から種を採ってまくという、孤独で地道な作業だ。木が育ち、開花して果実を実らせるのに3年、食味や性質を調べるのにさらに数年。すぐに結果の出ない、気の遠くなるような長い道のりを歩んでいる。「宝くじに当たるようなものです。狙って出せるものではない。でも、やらなければ前進しません」。そして、「一つの成功体験を待っているだけでは挫折もあるし、気持ちが続かないので、所々で目標を設けて並行してチャレンジしています」と話す。

交配のために使用する種を一粒一粒とり出していく黙々とした作業。混ざったり間違いがあってはいけないため人には任せられないという。

その目標の一つが若い世代への応援だ。栽培農家の高齢化、後継者不足など深刻な現状があるが、品種改良を通して挑戦する姿は、新たな価値観を示している。8月から3ヶ月間研修に来ている日本農業経営大学校1年の氏家義太郎さんは慎悟さんから刺激を受けている一人。「農家といえば収穫して出荷するのが仕事だと思っていたので、直接お客様と触れ合うイベントは新鮮でした。農業と教育、食育などいろいろなつながりを持って伝えていく視点は新しく、価値観が広がりました」。

(右)研修に来ている日本農業経営大学校1年の氏家義太郎さん

林ぶどう研究所では現在、ワインの名産地フランス・ローヌ地方で約20年腕を磨いた自然派ワインの醸造家、大岡弘武氏(岡山市在住)と共同でワイン醸造のための品種を開発している。いつの日か、岡山の地で育った新品種のブドウで造られる自然派ワインが登場するかもしれない。慎悟さんが蒔いてきた種が実を結ぶ日が楽しみだ。

(2019年10月取材)

information

  • 林ぶどう研究所

    住所:岡山県岡山市北区津高525-1[Google マップ
    最寄り駅:JR山陽本線 岡山駅
    TEL:086-251-4158
    https://www.grape-labo.com/

    ※予約なしでのご来店・ご見学はご遠慮いただいております。
    ※畑作業中は事務所におりませんので公式HPよりお問い合わせください。

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