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ふるさと文庫
#12
ふるさと文庫
BOOKS
『天文台日記』
石田五郎 著 中央公論新社 刊
晴れの国・岡山は、星空の聖地。その中心的存在が、浅口市鴨方町にある岡山天体物理観測所です。1960年に開設されたこの天文台で副所長を務めた石田五郎さんが、天文台職員たちの生活や当時の岡山、瀬戸内の様子をあたたかな眼差しで綴る好エッセイが『天文台日記』です。
「ここ岡山は、東京より北緯が一度ほど低く、瀬戸内海の漁師たちはこの星をよく見ていろいろな名まえをつけている。真南をはさんで前後一時間くらいしか地平線上に出ていないのでオウチャクボシ(横着星)という名」が付けられたカノープス。古来、見えると吉兆とされたこのおめでたい星には、それぞれの見える場所から南の地名を付けて、明石では「アワジボシ」、姫路では「ナルトボシ」、岡山地方では「サヌキノオウチャクボシ」、香川県では「トサノオウチャクボシ」と呼ばれているそう。
天文観測は、刻々と変わりゆく気象条件との戦いです。天文台のある鴨方からほど近い鞆の浦上空に現れる雲を、石田さんたちは「とも雲は一時間」と呼んでいました。「鞆の浦は広島県福山市にある港町で、このドームから西南二五キロ、五月にはタイ網漁で有名な観光地だが、バルコンからみると細長い岬に見え、その上に横雲があらわれると西風にのって、一、二時間のちには、天文台の上に雲がおしよせることが多い」
星空はロマンチックとはいえ、夜間観測は昼夜逆転の生活。そんな日々を愉しむ様子も随所に綴られます。夜食用の調理スペースは「深夜喫茶」と名付けられていました。「天文学者は美食家であれ」とは、天文学Astronomy(アストロノミー)に一文字加えて、美食学Gastronomy(ガストロノミー)と洒落た表現ですが、存外当たっているのではと思えるほど、おいしそうな描写もしばしば。
「特急つばめが神戸どまりで鈍行列車にのりついでゴトゴトと鴨方まで来た」と言う天文台設立時から、東海道新幹線の開通、山陽新幹線の完成を経て、天文台周辺も変化を遂げていきます。「開設当時は『自然の闇』にひとしかったこの鴨方の空が、新設の工場地帯、あるいは発展をつづける市街地の灯火によってしだいに明るくなりつつある。星空というこの『頭上の自然』を私たちはどうやって守りつづければよいのであろうか」
数多の天文学者たちが夜空を見上げ、「私の星」との対話を重ねてきた岡山天体物理観測所。2018年3月に当初の役割を終え、新たな歴史を刻みはじめています。
選書・文 スロウな本屋 小倉みゆき
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