ふるさとおこしプロジェクト

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OKAYAMA

MAGAZINE ふるさと図鑑

吉備土手下麦酒醸造所

吉備土手の地発泡酒|吉備土手下麦酒醸造所

小さな醸造所が造る
ご近所に愛されるビール。

岡山市北区北方。おおらかな流れの中に、所々で野性的な表情を見せる旭川沿いに、『吉備土手下麦酒醸造所』がある。ここは2006年にスタートしたビールと発泡酒の醸造所。独自のビールを造りながら、併設の『普段呑み場』でビールと料理を提供している。近年、都市圏に増えている小規模ブリュワリーの先駆けとも言える存在だ。統括責任者の永原康史さんは、「ビール造りのコンセプトは、ご近所さんから愛されるビール」と語る。

「スタイル」にこだわらず
愛されるおいしさを追求

地域密着型の小規模なビール醸造所が造る、個性的で質の高いビールを一般的に「クラフトビール」と呼ぶ。そして、ビールの種類のことを「スタイル」と呼ぶらしい。『吉備土手下麦酒醸造所』では、上面発酵で造られるエールタイプのビールを中心に醸造し、「ペールエール」や「セッションIPA」というビールのほか、黒ビールの「スタウト」を造っている。

「ただ、これらを品評会に出したとすると、最初に落とされると思うんです」と、永原康史さん。その理由は、「たとえば、女性でも飲みやすいように苦味を抑えめにしたり、と、お客さんの意見も聞きながら造って来たんです。色合いや苦味の指数、使う原料、香りなど、すべてが品評会の基準枠に入ったとして、それが実際に美味しいか、と考えてみると、そこは首をかしげたくなることもある。だから『スタイル』通りにしよう、という意思はないんです」。

最初に造ったのは、『御崎』というペールエールビールだ。『吉備土手下麦酒醸造所』のもっともスタンダードなビールだが、これまで何度か味の変遷があった。「こういうビールを造りたい」という狙いを持って、細かな調整を行なった。また、麦の作柄も気候等で変化があり、海外から仕入れるモルトが変わるといった事情もあった。そこで、基本の味をブレさせないようにしながら、同時に、味の変遷も楽しんでもらおうという、軽やかで臨機応変なスタンスを取ってきた。

それを可能にしたのは、「ビール造りのコンセプトは、ご近所さんから愛されるビール」という、盤石な姿勢だった。

『吉備土手下麦酒醸造所』の
クラフトビールの造り方

ビールのおもな原料は、大麦を発芽させたモルト(麦芽)、ホップ、酵母、水。糖化し、おかゆ状になったものを濾過して、出来上がるのが麦汁だ。その後は、ホップを使って香りや苦味をつける作業に入る。それが終わると酵母を投入し、発酵を促す。この段階で炭酸ガスが出来る。これを熟成タンクに移し、2週間から1ヶ月間、低温発酵させる。

一般的に、モルトは輸入品が使われることが多いが、『吉備土手下麦酒醸造所』では、国産や岡山県産のモルトも使用している。『御崎』や『OK Lager Wasshoi』というビールは以前、岡山県倉敷市真備町にある製麦工場、『真備竹林製麦所』がつくる岡山県産大麦のモルトを使用していた。しかし2018年7月の西日本豪雨災害によって生産が一時的に止まっているため、現在は2020年以降の再起を待っている状態だ。

一定期間、低温発酵させるが、発酵が進みすぎるとビールの味が変わってしまうため、濾過や熱処理によって酵母の働きを止めるよう、濾過や熱処理を施す。しかしクラフトビールはこの工程をしないものが多く、『吉備土手下麦酒醸造所』でも、無濾過で仕上げる香りや味わいが、その醍醐味となっている。

地元の人に飲んでもらい
愛されるビールがコンセプト

代表の永原敬(さとし)さんは以前、24時間鍵をかけない全開放病棟の精神科病院、まきび病院(岡山県倉敷市真備町箭田)の職員だった。患者の就労を支援するため、運送業を始め、その後、岡山市内の飲食店の経営も手がけた。そこで専門的に扱っていた岩手県のクラフトビール「銀河高原ビール」をきっかけに、「いつかビールを造りたい」という、以前から抱えていた思いを実現する決心をした。何社かに勉強に行き、2006年、『吉備土手下麦酒醸造所』をスタートした。

その当時の地ビールはおみやげ品のイメージだった。価格も高めだったが、まず地元の人に飲んでもらって、ここに来てもらい、「ご近所さんに愛されるビール」をコンセプトにした。そのため、岡山県外へのビールの卸や、通信販売はしていない。

これから醸造所をやりたい、免許を取りたい、という人のための応援もしている。「どうしてもビールを造るんだ」という強い思いを感じると、全国どこにでも出向き、コンサルタント料は取らずに、醸造指導をしたり、資料作成のアドバイスをする。このようにして、『吉備土手下麦酒醸造所』から派生した醸造所が、東京から沖縄まで15〜16箇所ある。

『真備竹林麦酒醸造所』は、その第1号だ。代表理事の多田伸志さんは、永原敬さんと同じ、まきび病院の職員だった。現在は、精神障害を持つ仲間とともに、NPO法人岡山マインド「こころ」を運営。その一事業として、前出の『真備竹林製麦所』で地元産の大麦を製麦し、『真備竹林麦酒醸造所』で、福祉の助成金を受けずに地ビールの醸造・販売を行なっている。その再起は、『吉備土手下麦酒醸造所』にとって他人事ではなく、支援しながら待っている。そんな繋がりを持つ醸造所だ。

ビール造りに欠かせない
優れた材料、人との繋がり。

岡山市北区北方の旭川沿いに2006年、誕生した『吉備土手下麦酒醸造所』。このビール醸造所には、出来たてのビールをそのままグラスで提供する『普段呑み場』がある。手頃な価格でおいしくて、ありのままのビールを地元の人たちに飲んで欲しいという思いからオープンした。同時にビール造りも広がりを見せ、岡山県産の材料と組合せたビールだけでなく、岡山の酵母と麦芽を使ったビールも近い将来、登場する予定だ。

出来たてのビールをそのまま
提供する『普段呑み場』

旭川の土手から『吉備土手下麦酒醸造所』を眺めると、木枠が印象的な建物がまず目に入る。この建物の内部に、ビールを醸造する本工場と、出来たてのビールをそのままグラスで提供する『普段呑み場』がある。その奥にある民家は、『普段呑み場』の別館だ。隣には神社があり、澄んだ空気に包まれている。この一帯は境目がどことなく曖昧で、外に向かっておおらかな体勢を感じる。

醸造所と『普段呑み場』の建物は、元からあったものに増築。枠組みは大工さんに頼んだが、サッシや壁は自分たちで造った。「川の流れが見えれば、理想的なんですけど…」と、永原康史さん。旭川は見えないが、2階の窓際の席に座れば、空と土手の緑が近い。

こちらは、『普段呑み場』の別館。のんびりくつろげるソファや、2階の座敷、外にはウッドデッキがあり、土・日曜は予約で利用できる。

『普段呑み場』も2006年、オープン。自分たちが造ったビールを手頃な価格で、気軽に楽しんでもらおうと造った場所だ。オープンからしばらくの間は、店で用意するフード類は、キューブ型のチーズと枝豆、フライドポテトくらいで、「料理の持ち込みOK」だったという。しかし、料理の質を上げるきっかけが掴めないことで、「それなら逆に」という発想で、料理を提供することに。そして、「せっかく岡山のビールだから、岡山の材料を」と、吉備黄金鶏や、瀬戸内市牛窓町の『ミツクラファーム』のマッシュルームを使った料理がメニューに並んでいる。

『ミツクラファーム』のマッシュルームと海老がたっぷり入ったビールにぴったりのアヒージョ。
アツアツをいただく。

パイ生地で焼き上げたサクサクのピッツア。

岡山の烏城(うじょう・岡山城の別名)にあやかって名付けたフレーバータイプの黒麦酒『吉備の烏(からす)』
黒が苦手な人にも飲みやすい。

イベント出店時には、マッシュルームをまるごと揚げた限定メニューも登場。(普段呑み場では取り扱っていません)

さまざまな地元の産物が
ビールの材料になる

『吉備土手下麦酒醸造所』のビールにも、地元の材料が使われたものが多くある。たとえば、『生姜の麦酒』は、岡山県久米郡美咲町産の生姜を手絞りで使用。ホップの量を減らして、生姜を生かしたビールだ。ほかにも、『夢百姓 石村農園』(岡山市東区矢津)のカモミールのほのかな甘い香りが漂う『加密列(カモミール)の風』、『AROMA COFFEE』(岡山市北区)が現地農園に出かけて買い付け、焙煎したコーヒーをブラックモルトにブレンドした、コーヒーフレーバーのスタウト『珈琲すたうと』などがある。

また、果実を使ったビールは、「魔女の物語」というシリーズとして製造。季節によって、イチゴ、柚子、ベルガモットオレンジ、キウイ、白桃、ピオーネ、ニューベリーAなどのビールが登場する。

「岡山には良い素材が多い」と、永原康史さんは言う。糖分のあるものは発酵し、香りのあるものはビールにも香りがつくそうだ。依頼があって造るビールも多く、新しい材料で造るビールは、レシピが出来るまで試験醸造を重ねる。

岡山県産の酵母と麦芽を
使ったビールも近い将来、登場。

「地元の人に愛されるビール屋さんでありたい」と永原さん。今後の取り組みとして、岡山県産の酵母と麦芽を使ったビールを考えている。今まで商社が輸入した酵母を使っていたが、鳥取大学で身近な植物から酵母を取って培養する技術を研究する児玉基一朗教授(連合農学研究科)が、大学内に植えられたアジサイから「ラカンセア」という酵母を抽出した。今年、これを使ってキウイのビールを醸造。ラカンセアは乳酸を生成するため、酸味の効いたサワーエールが出来上がるそうだ。

また、岡山市で毎年行なわれる『岡山さくらカーニバル』の会場で、桜の花びらを拾い、これを児玉教授に見てもらったところ、「ラカンセア」だけでなく、「サッカロマイセス」という通常のビールに使う酵母も見つかったという。「岡山県産酵母で造ったサワーエールやビールに取り組めたら。ホップは今も一部は岡山県産を使用していますが『真備竹林麦酒醸造所』を運営するNPO法人岡山マインド「こころ」の『真備竹林製麦所』が復活すれば、岡山県産酵母と麦芽を使ったビールが造れます」と目を輝かせる。

(2019年6月取材)

information

  • 吉備土手下麦酒醸造所 本工場/普段呑み場

    住所:岡山県岡山市北区北方4-2-18[Google マップ
    最寄り駅:JR津山線 法界院駅から車で約7分
    TEL:086-235-5712
    営業時間:12:00~22:00(火曜日は17:00〜)
    定休日:不定休
    駐車場:あり
    https://kibidote.com

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