BIZEN
MAGAZINE ふるさと図鑑
koti brewery(コチブルワリー)
自然酵母・瓶内熟成のkotiビール|koti brewery(コチブルワリー)
寄り添って引き出す
味わい深い自然酵母ビール
岡山県南東部、兵庫県との境に位置する備前市吉永町。澄み切った空気と森に囲まれるこの場所に、ひとつの小さな醸造所がある。岡山県産の小麦をはじめ、材料は環境や体に優しいものを選び、空気中から採取した自然酵母で発酵を行う。少量仕込みで、無ろ過のまま瓶内熟成。ゆるやかに熟成していく風味や香りは複雑で味わい深い。
作り手の見える
シンプルなビール造り
八塔寺山の南麓に佇む醸造所の名前は「koti brewery(コチブルワリー)」。妹尾悠平さんが1人で個性あふれるビール造りを行っている。中に入ると、ステンレスの大きな鍋が3つ、整然と配置されている。窓際には醸造タンクが並ぶ。チリ一つ落ちてない空間は清々しく、凛とした空気に満ちていた。
ビール造りに大規模な「装置」を想像していたため、そのシンプルさにまず驚く。「ビールといえば大きな工場で機械的に造られている工業製品のイメージが強いですよね。でも、本来は水、麦芽(モルト)、ホップといった自然材料から造られるもので、作り方もとてもシンプルなんです。ヨーロッパやアメリカなどでは小さな醸造所がたくさんあって、ビールの種類も数多くあります。週末に家で造って、来客にふるまうこともよくあるみたいです」。アメリカで購入した機材は、家庭で作るクラフトビール用の一番大きいサイズだという。
ビールの醸造は、糖化工程からスタートする。コチブルワリーでは細かく砕いた麦芽と県産小麦を合わせて鍋に移し、煮立てて麦汁をつくる。麦芽に含まれるデンプンが、酵素の働きによって分解され糖になる。糖化を終えた麦汁は、ろ過してホップを投入。冷却したものを醸造タンクへ移し、酵母を入れると一次発酵が始まる。
「これは昨日仕込んだものです。まだ酵母が増殖している途中なのでアルコールはありません」。口に含むと確かにビールの味はするものの、炭酸は感じない。爽やかな香りが口の中に広がり、キリッとした後味が美味。一次発酵は約2週間。その間に酵母が増殖し、麦汁中の糖分をアルコールと炭酸ガスに分解する。
ここでしか作れないもの
「お酒は、糖分を含む水に酵母を加え、酵母が糖を分解して発酵したもの。日本酒は麹菌がお米を分解して甘い汁が出たところに酵母が発酵してお酒になります。ワインはブドウ、ビールの場合は麦ですね」。お酒ができるまでの仕組みを分かりやすく解説してくれる。ビールは味噌や醤油と同じ発酵食品。酵母の働きがあってこそ、おいしいビールができるという。「となれば人間ができることは、酵母が気持ちよく働いてくれるよう手助けすることくらい」。
大学生の頃、酒造りに興味を持った妹尾さんは大学院で醸造学を学び、地元の大手酒造メーカーに入社。日本酒部署へ配属されるはずが、担当者が辞めた直後でビール部署へ配属となる。「でも、やり始めてみると楽しくて、ビールの世界にすっかりはまってしまいました」。
転機になったのは、ベルギーで飲んだビールとの出会いだ。「それまで飲んだビールとはすべてが違っていたんです」。日本のビールはドイツビールを模範にしているため、「ビール純粋令」に従って麦芽、酵母、ホップ、水という材料のみで造られているものがほとんど。「でも、ベルギーでは木いちごやさくらんぼなどの果物、スパイス、ハーブが入っていて色や味わいも多様。自由なんです」。そして、何より驚いたのが醸造所の違い。日本のような無菌状態のイメージとは程遠い、馬小屋みたいな納屋のような醸造所で造られていた。「だけど、そのビールがとても美味しかった。自分が思っていた以上にビールの世界は奥深くて楽しい。可能性を感じました」。
酵母に寄り添い
タイミングを見極める
ベルギーで飲んだ自然発酵ビールの味わいに惹かれ、いつしか自分でも個性的なビールを造りたいと思うようになった妹尾さん。醸造する場所を探していたとき、吉永町の空き工場を紹介される。裏には八塔寺川が流れ、春は窓から満開の桜が楽しめる。「水や空気がきれい。何よりも自分が気持ちよくいれる場所」と、ひと目で気に入り、2018年5月からビール醸造をスタートさせた。
イースト(純粋培養酵母)は使わず、空気中から採取した自然酵母を培養しながらビール造りを行う。自然酵母は土地の違いやその日の気温の違いで、発酵具合が微妙に変わる。「相手は生き物。自分ですべてをコントロールできないところが楽しくもあり、苦しくもあり(笑)。今の自分が納得できるベストの材料をそろえ、働きやすい温度にして、あとは委ねる。味がよくなったら、その手順を見直していく。その繰り返しですね」。
仕事がひと段落するたび、ホースや道具、機械を手早く水洗いする妹尾さん。ただ1人、黙々と作業をこなしていく。「日本酒は杜氏というリーダーがいて、チームワークでお酒を造っていきますが、ビールは1人でできます。最後まで手を掛けたいという思いが強いので、ビール造りに向いていたのかなと思います」。そう話す後ろ姿は、酵母に寄り添い、対話しているようにも見える。
時間をかけて
豊かな香りや風味を楽しむ
コチブルワリーでは一次発酵を終えたビールをろ過せず瓶詰めし、その中で熟成を進める(二次発酵)。香りや風味がまろやかに、深みのある味わいへ育ったときが出荷のタイミングだ。直売の他、岡山市内のワインバー「スロウカーヴ」や、自然食スーパー「COTAN(コタン)岡大前店」で購入できる。
コチビールは冷やし過ぎないのがおすすめ。ワインのように、15℃前後で飲むと美味しい。冷たいときには感じることのなかった豊かな味や香りが見えてくるという。きめ細かい自然な泡立ちやフルーティーな味わい。「生きているビール」の醍醐味を、時間をかけてじっくりと味わいたい。瓶の中に澱(おり)があるのも、無ろ過であるため。注ぎ始めと底部付近での味の違いを楽しむのも面白い。
(2019年1月取材)
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