KATSUYAMA
MAGAZINE ふるさと図鑑
株式会社 辻本店
vol.2日本酒から広がって
食と文化の発信地となる。
辻本店は酒造りだけに留まらず、1989(平成1)年には、古い酒蔵を改造して『レストラン西蔵(にしくら)』をオープンさせるなど、酒と食と文化の発信地としての道を歩んでいる。現在はリニューアルした『西蔵』に併設して、カフェとショップをオープン。ショップで扱う商品は、地元の企業やグループとのコラボレーションから生まれたものも多い。辻本店のこうした次から次へと繰り出される仕掛けの源泉は、人のつながりにあると、杜氏の辻麻衣子さんは語る。
岡山県で初の女性杜氏。
基本は、御前酒「美作」。
辻本店の杜氏、辻麻衣子さんが生まれ育った家に隣接して、酒蔵はある。酒蔵は以前、子どもや女性は入ることが禁じられた場所だった。「私も入口から奥に入ったことはなかったんです。子どもの頃は、手前にある蔵人の休憩室に行って、みかんを食べたりすることはありましたが」。初めて蔵に入ったのは、杜氏になると決めた大学生の時。先代杜氏の原田巧さんに付いて、修業した。もろみの具合など、実際にものを見て判断する場面が多いため、「金魚のフンのように付いて、現場で教えてもらいました」と振り返る。麻衣子さんは2001年から酒造りを始め、07年、岡山県初の女性杜氏となった。
麻衣子さんの基本は、御前酒の「美作」という酒だ。「父も、先代杜氏もこれを晩酌酒にしていて、私もです。新しいお酒を考える時は、この味からどうして行くか、と考えます。『GOZENSHU 9(NINE)』シリーズも「美作」をアレンジして出来たんですよ。『美作』のアルコール度数は14度と低めですが、ひと口飲んだら、『ふうん』という感じなんです。でも、ついつい飲んでしまう。偏(へん)がないと言いますか、香りが高いわけでもなく、味が濃いわけでもなく、すっと入ってくる。主張がなく、本当に偏がない(笑)。ただ奥に芯があって、深み、味わいがあるので、飲めば飲むほどおいしくなってくる。食事と合わせた時においしく感じます」。
杜氏・辻麻衣子さんの理想は、
「自然と盃が空く」酒。
麻衣子さんにとって理想の酒は、自然に飲めて、気づいた時には盃が空いているような酒、だと言う。「ひと口目のインパクトが強くて、ふた口目で飽きてしまうお酒は淋しいかなと思うんです。もちろんインパクトのあるお酒も作らなきゃいけないんですけど。『GOZENSHU 9(NINE)』も、意外と中身はスタンダードです。デビューが10年前で、今ほど甘くてジューシーなお酒が出ていない時代だったので、当時としては珍しかったんです。でも今は、どちらかというと、クラシック。『gozenshu the silence』というシリーズは今、3年目なんですけど、そのお酒はどちらかというと、最初のインパクトのあるお酒に寄せています。今は色々なタイプのお酒を作っています」。
レストランやショップを通じて、
日本酒のあるライフスタイルを提案。
辻本店は1989(平成1)年、貯蔵蔵を改造して『レストラン西蔵(にしくら)』をオープンさせた。その空間で時々、ジャズコンサートが行なわれ、「おしゃれな大人が集まる場所」というイメージが出来上がっていた。「コンサートは祖父の代からやっていたんです。地元の人に良い音楽を聞いてもらいたいと、瓶詰め工場の酒瓶を片付けて、辻久子さんをはじめ、一流の音楽家を呼んでコンサートをして。父はジャズが好きで、食べることが好きだったのでレストランを作ったんです」。
麻衣子さんの弟の辻総一朗さんの代になり、『西蔵』が30周年を迎えたのを機に、『NISHIKURA』としてとして2017年2月、リニューアルし、同時にカフェとショップをオープンさせた。食事処では、御前酒の酒粕を使った「銀鱈の粕漬け」など、発酵食品の魅力を伝えるメニューに特化し、人気を呼んでいる。カフェでは、甘酒のラテや「酒ケーキ」などがあり、日本酒の試飲も出来る。ショップでは辻本店の日本酒だけでなく、オリジナルの調味料や甘酒、テーブルウエアなどを販売している。
次から次へと繰り出される仕掛け。
その源泉は人のつながり。
ショップに並ぶのは、たとえば地元の米を生産・加工・販売する六次産業化を目指す会社と作った甘酒や、落合町の落合羊羹で有名な『梅田屋羊羹店』の、パリで修業した若夫婦とともに製品開発したマカロン、また麻衣子さんのママ友仲間が作る、酒粕入りの石鹸も。この石鹸は、酒粕の保湿力の高さを知る麻衣子さんが、ずっと作りたかったもの。たまたま知人が良いオイルから石鹸を作っている話を聞き、お願いしたという。こうして生まれたものが、普段は酒と無縁の人を振り向かせている。
「勝山の街も、閉じこもっていたら淋しいんですけど、勝山に新しく来られた方や、地域おこしの活動をされている方が新しい風を入れてくれます。古いものにこだわっていても進歩がないので、私たちもそういう動きと一緒になって、勝山を盛り上げていけたらと思っています。この街筋に住んでいるのは昔からの人が多いんですけど、飲み仲間なので、飲みの席でこうしようや、って言ったらみんな、やるんです。地元のお祭り(だんじり)もあるので、つながりが強いです。地元愛も」と、麻衣子さん。
「街道沿いにある酒蔵は、歴史を振り返ると色々なことをやって来たんですよね。うちも昔は油を売ったり、いろんなことを商売としながら、街の人の暮らしを豊かにする一役を担うことを使命としていたんです」。辻本店の、次から次へと繰り出される仕掛けの源泉は、人のつながりにある。
(2018年12月取材)
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