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ふるさと文庫
#05
ふるさと文庫
BOOKS
『あけがたにくる人よ』
永瀬清子 著 思潮社 刊
JR山陽本線 熊山駅から、吉井川を渡り、空が広々と見える道を歩いて20分ほどの場所に、「永瀬清子 展示室」はあります。明治39年、岡山県に生を受けた詩人・永瀬清子さん(1906年-1995年)。家族の転勤で金沢、名古屋、東京で暮らし、昭和20年、戦火を逃れ岡山県赤磐市の生家へ。田畑を耕し、子育てをしながら、詩作を続けました。
現代詩の母と評される永瀬清子さん。宮沢賢治の遺稿の中から「雨ニモマケズ」を見つけ出したエピソードはあまりにも有名ですが、ハンセン病患者の隔離施設(当時)がある長島(岡山県瀬戸内市)へ通い、40年に渡り患者たちに詩作の指導を続けたことでも知られています。詩集『あけがたにくる人よ』は、八十歳を過ぎた永瀬清子さんが老いを見つめ、生を瑞々しく描き出した代表作です。
あけがたにくる人よ
ててっぽっぽうの声のする方から
私の方へしずかにしずかにくる人よ
足音もなくて何しにくる人よ
涙流させにだけくる人よ
「あけがたにくる人よ」より抜粋
「あけがたにくる人」とは、亡くなった夫のことなのか、かつて愛したひとなのか、はたまた男性一般、あるいは…? 読み手によって解釈は自由。あるいは読む自分自身のタイミングによっても、さまざまに感じとれそうです。
私は毎朝一人渡しを渡って二キロむこうの汽車にのり
後楽園のレストランへ売りにいった
それでも汗は甲斐があった
白い高帽子のコック長はすぐ若干の金をくれ
茸を私の籠から出すやいなや目にもとまらず料理にかかった
「その家を好きだった」より抜粋
女性が社会の中で生きることが、今よりまだまだ困難だった時代に、自らの生活感をベースに、女性を応援し、勇気づける詩を書き続けた永瀬清子さん。そのことばは、今なお瑞々しく私たちのこころに響きます。
前述の展示室からほど近い場所には、永瀬清子さんの生家があります。毎月17日の永瀬清子さんの月命日には、保存会の方々が生家の清掃と朗読会を実施。誰でも参加できます。
選書・文 スロウな本屋 小倉みゆき
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