OKAYAMA
MAGAZINE ふるさと図鑑
ひものやかんきち
ひものやかんきち|株式会社 かん吉
干物で鮮魚の魅力を引き出し
日本の干物・魚文化を守る
気候が温暖で穏やかな瀬戸内海に面し、海の幸に恵まれた岡山県。「ひものや かんきち」(以下「かんきち」)はその岡山の地で、こだわりの干物をつくっている。手づくりで手間暇かけてつくられる干物はどれもうまみが濃厚で、魚が持つ個性豊かな味わいを再発見できる。かんきちでは、日本の干物文化を残し魚文化を守るため、干物づくりに励んでいる。
おいしさに衝撃を受け
干物屋に転身
ひものや かんきちの代表・吉岡 倫久(よしおか ともひさ)さんは、もともと食品関連の企業で事務職として働いていた。以前よりものづくりに興味をもっていたという吉岡さん。前職では自社農園を持ち、食品を製造していたこともあり、次第にものづくりへの情熱が高くなっていったという。
吉岡さん「ある時、知人から岡山の干物職人を紹介してもらう機会があり、お土産に、その干物職人の方がつくった干物をいただいて、食べてみて衝撃を受けたんです。干物ってこんなにおいしいものなのかと」。
岡山県南は海産物に恵まれた地域で、海産物がたくさん捕れるにも関わらず、干物の文化はあまり浸透しておらず、吉岡さんが出会った干物職人は、岡山では希少な存在だった。
干物のおいしさに衝撃を受けた吉岡さんが、後日、干物職人に再び会いにいったところ、高齢のため干物屋をたたむという話を聞き、吉岡さんは岡山の干物文化を守り、そして岡山に干物文化を根付かせるため、干物屋に転身することを決意した。
干物屋を目指すきっかけとなった干物職人に干物屋の開業を決めたことを話すと、「干物づくりの本」を授けられたという。以降、吉岡さんはその本を参考にしながら、毎日自宅で干物づくりに励む。魚をさばき、塩に漬け、ベランダで魚を干す日々を続け、授けられた本を頼りに、ほぼ独学で試行錯誤を重ねていった。
そして2018年に株式会社 かん吉を設立、岡山市中区円山の地に「ひものや かんきち」をオープンする。「かん吉」「かんきち」は「干物の吉岡」の「干」と「吉」を合わせたもの。
イベント出店などで少しずつ「かん吉の干物」が知られるようになり、天満屋 岡山店でも取り扱われるように。円山にある自身の店舗にはかんきちのこだわりの干物を求め、連日たくさんの人が訪れる。
鮮魚のような食感と
干すことで生まれる味わいを追求
かんきちの干物は、すべて手づくり。その日の朝に仕入れた魚をさばき、内臓を処理して水で洗う。そして30分ほど塩水に浸す。塩水の濃度や浸す時間は、魚介の種類や気候などによって細かく調整するという。また長崎県産の天然塩を使い、添加物は使用しない。塩水に浸したあと、干物専用の乾燥機に入れて干していく。魚介の種類や状況などにより異なるが、平均すれば5時間ほどかけて干物ができあがる。
かんきちが目指す干物は「鮮魚と干物の中間」だという。吉岡さんは「食感は鮮魚に近いけど、味わいは干物という状態が、私が一番おいしいと思う干物です。この食感や味をもっとも楽しめるのが、干したて(できたて)の干物。干してから時間が経った干物も、違った味わいがあっておいしいですが、ぜひ干したての干物を味わってもらいたいです」。魚それぞれが持つ個性豊かな香りや食感、干すことによって味が凝縮した、できたての干物の美味しさは格別だと教えてくれた。
吉岡さんは、おいしさの重要なポイントとなるのが食感だと話す。「干物を焼いて食べたときに、鮮魚を焼いたものと区別がつかないけど、味は鮮魚を焼いたときより深みがあっておいしい」と思えるのが、吉岡さんが理想とする干物とのこと。吉岡さんが干物に求める「鮮魚のような食感」を生み出すため、魚介ごとに干し時間を調整することで理想の食感を追求している。
対面で伝える
干物のおいしい食べ方
干物のおいしい調理法の定番は、焼き魚。アジやサンマは、焼き魚が一番おいしいという。岡山県産のマダイは鯛めし(鯛の炊きこみごはん)、下津井産のマダコはタコめし(タコの炊きこみごはん)など、種類によってそれぞれおすすめの食べ方を教えてもらえるのも、対面販売の醍醐味。
干物は油とも相性がとてもよく、素揚げ・から揚げ・てんぷら・フライなども、ぜひ試してほしいと吉岡さんはいう。「干物といえば焼魚のイメージが強く、定番になっていますが、実は干物は揚げものにするのが私の一番のおすすめです。あと、焼魚の身をほぐして白ごはんに混ぜて食べると絶品です」。
焼き魚にしても揚げものにしても、調味料はほとんど必要なく、おいしく食べられるのが干物の特徴。干物にする前に塩水に漬けている上、干物にすることで水分量が少なくなり、うまみが濃縮されているためだ。魚介本来の味わいが濃厚に味わえ、魚介の味を生かした食べ方ができる。
保存食としてではなく
おいしさを引き出す調理法
もともと干物は、日本古来から行われている魚介類の保存方法だった。しかし現代では冷蔵・冷凍技術が発達し、保存食としての干物の重要性は失われつつある。またかつての干物は、保存することが第一の目的であった。
吉岡さんは「現代の干物は、保存食としての優位性で勝負するのではなく、味や品質で勝負していきたい」と話す。干物を魚介類をおいしく食べるための“調理法”のひとつとして広めていく必要があるという。
「例えるなら干物にすることで、魚介の魅力を引き出すイメージでしょうか。干物という調理法があることと、そのおいしさをより多くの人に知ってもらうことで、干物という文化を残していきたいと思います。“干物屋”という存在が、職業として岡山県でも知られるようになることを目指したいですね。そして干物をきっかけにして魚介類がより身近になり、水産関係の仕事がもっと注目されるようにしたいと考えています」
四季折々の魚介を
もっとおいしく
かんきちでは毎朝水揚げされた新鮮なものを仕入れ、その日のうちに干物にする。瀬戸内海の岡山近海で捕れる魚介は、牛窓や下津井といった漁港から毎朝仕入れているという。寒サワラやサンマ・カレイなど岡山近海では捕れないものは、市場を通じて全国各地の良い魚介を仕入れる。干物は鮮度が命だという。
季節ごとに旬の魚介を干物で楽しめるのも、かんきちの魅力。おすすめの干物は、春はマダイやハタハタ、春から夏にかけてアジやカレイ、夏になるとイカやエビ・シタビラメ(ゲタ)・アナゴなど。秋はふたたびマダイのほか、サンマやサバ・イワシ・サケ・ノドグロ。冬は寒サワラやブリなどがおいしい。倉敷市下津井産のマダコは通年で楽しめ、お客さんからの人気も高い。
干物文化の浸透や魚離れ対策などを目的に、かんきちでは出張ワークショップを開催している。魚や干物に触れ、魚や干物について知り、実際に魚をさばいてみることで、魚に親しみをもって干物を身近に感じてもらうことができる。
また、かんきちでは、岡山県内を中心に、各地の店舗・施設やイベントなどにも出店し干物を販売している。遠方で円山にある直営店舗に足を運びにくいお客さんから喜ばれるほか「かんきちを知らない人にも、かんきちの名前と干物のおいしさを広められていると実感しています」とのこと。
今後は出張販売をより積極的に展開したいという吉岡さん。そのために店舗スタッフを増員し、スタッフも干物を製造できるように職人の育成に力を入れていきたいと話す。
岡山県に干物の文化を根付かせ、魚や干物のおいしさを伝えるために、吉岡さんは今日も鮮魚と向き合い、干物づくりに情熱を注ぐ。
(2024年3月取材)
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