MUSHIMA
MAGAZINE ふるさと図鑑
六島浜醸造所
六島浜醸造所のクラフトビール|竹ノ実麦酒計画
笠岡諸島最南端で醸す
ストーリーを詰め込んだクラフトビール
岡山県・笠岡諸島の最南端でもあり、人口約40人(2024年2月現在)の小さな島、六島(むしま)。六島のシンボルでもある「六島灯台」は、岡山県で最初に設置された県内最古の灯台。六島灯台のある小高い山を登った周辺には、1〜2月になると約10万本のスイセンが咲き誇り、訪れた人の目を楽しませてくれる観光名所になっている。取材当日はあいにくの天気だったが、晴れた日には一面に広がる海と瀬戸内海の多島美を眺めることができる。そんな六島にある小さなクラフトビール醸造所(ブルワリー)が、六島浜醸造所。海沿いにある古民家を改装し、こだわりのクラフトビールを醸造している。
六島に惹かれて移住を決意
六島浜醸造所を運営するのは、竹ノ実麦酒計画。代表を務める醸造家の井関 竜平(いせき りゅうへい)さんは、大阪で生まれ育った。「私の出身は大阪ですが、祖父母が六島にいたので、小さなころから年に1回程度、墓参りで六島に来ていたんです。私にとって六島は、ルーツでもあり思い出の地です」。
六島に移住する前は、大阪で食品卸売業の営業職として働いていたという井関さん。就職して3年ほど経ったころ、自分の将来について考えるようになったと言う。「将来への不安を抱えるなか、六島へ来たときに、海沿いで地元の方たちがドラム缶の焚き火を囲み、お酒を飲みながら話をしていたんです。挨拶をすると、気さくに話しかけてきてくれて、気が付いたら一緒にお酒を酌み交わしながら談笑していました。六島に惹かれたのはその時がきっかけですね。『この島に住みたい』と思うようになったんです」。
井関さんは笠岡市の地域おこし協力隊に応募し六島への着任を希望する。「まず、六島へ移住することが第一の希望でした。私は、どの地域にも、必ずその地域ならではの個性や魅力が隠されていると思っています。六島でそれを掘り起こし、生業にしようと考えました」。そして念願が叶い、2016年に地域おこし協力隊として六島へ移住した。
かつての麦畑の話をきっかけに
ビール醸造の道へ
六島に移住後、島民から、昔は島の斜面一帯に麦畑が広がっていたという話を聞いた井関さん。その会話をきっかけに自ら麦を栽培し、ビールをつくるという発想が生まれたという。ビール製造の知識・技術は全く持ち合わせていなかった井関さんは、岡山市にある醸造場「吉備土手下麦酒」や小豆島の「まめまめビール」などを訪ね、ビール醸造について学んでいった。
2017年秋、吉備土手下麦酒の協力を得て、六島で自ら栽培した二条大麦を使ったクラフトビールの製造に成功。そして六島を会場にビアフェスティバル「六島オクトーバーフェスト」を主催。人口40人の六島は、多数の来場者でにぎわい大盛況となった。同イベントは翌2018年にも開催。2019年には、ついに発泡酒醸造免許を取得した。
井関さんが主にビールづくりを学んだのは、吉備土手下麦酒の永原 敬(ながはら さとし)さん。知識や技術をはじめ“誰に喜んでもらいたくてビールをつくるのか”という心意気を学んだという。
クラフトビールの醸造場として選んだのは、六島の港からほど近い目の前に海がひろがる古民家。そして、焚き火を囲んで酒を酌み交わし、六島移住への思いが生まれたドラム缶が目の前にある場所でもあった。家の所有者はすでに島外に住んでいたが、島民の縁で紹介してもらい、井関さんの思いを伝えると快く貸してくれたという。そして島の大工の力を借りて古民家を改装。2019年4月、六島浜醸造所を創業した。
「六島は祖父母が住んだ地であり、先祖の墓もある大切な場所です。ここで、恥ずかしいことはできないという大きなプレッシャーを抱えながら、六島浜醸造所をオープンしました」と井関さんは創業時の心境を語る。
早朝5時から始まる仕込み作業
クラフトビール醸造のすべての作業は、基本的に井関さんが一人で行う。1か月で醸造されるビールの量は、約60リットル。月間で3〜5回程度の仕込み作業を行う。クラフトビールの完成までは、約3週間。早朝5時から作業を開始し、ビールづくりの素となる醪(もろみ)をつくるのに、8〜9時間。湯を沸かす時間などの準備を含めると、10時間以上も工房にいることもあるという。
麦芽を65℃の湯に浸すと、麦芽の中のアミラーゼとデンプンが反応して糖が生まれる。そしてそれを90分煮沸し、ホップを投入。次に20℃まで急速に冷やし、酵母を入れる。すると糖を求める酵母の活動がはじまる。その後、タンクに入れて20℃で1週間かけて発酵、4℃で2週間かけて熟成させ、クラフトビールが完成する。
火入れ(熱処理)を行わない六島浜醸造所のビールは、ビタミンやミネラル、タンパク質や食物繊維などの栄養素が豊富。活きた酵母の香りを楽しめる。
井関さんは、国内外問わず、さまざまなビールを飲むという。味わいにインスピレーションを感じると、醸造家の方にどのようにつくっているのか質問して、そこで得られたヒントを自分のビールづくりに生かしている。「試行錯誤する過程に、理科の実験のようなおもしろさがあります。『こうやったらどんな味になるんだろう』というワクワク感・ドキドキ感が楽しい」。
感動やストーリーを
ビールの中に詰めこむ
六島浜醸造所が現在製造しているクラフトビールは「麦のはじまり」「ドラム缶会議」「オイスタースタウト」の3種類。これに加え、期間限定のクラフトビールも製造することもある。井関さんは商品を企画・発案する際のこだわりについて、次のように話す。
「ビールは酵母が活動できる環境を整備したら、あとは酵母が仕事をしてくれます。そこにプラスアルファをしていくのが、私の仕事。日々の生活や人との交流の中で感動したことと、ビールづくりが紐付いたときにアイデアが生まれます。芸術作品と通じるところがあるかもしれません。私は、お客様がビールを飲んだときに”非日常”を味わってもらいたいんです」
飲んだときに非日常を味わってもらうためには、感動したことやストーリーをビールに詰めこむことが大事だという井関さん。六島や笠岡で自らが価値のあると感じた物事を、ストーリーとして瓶に詰め込む。「これも、師である吉備土手下麦酒の永原さんから学んだことです。ビールづくりの魅力は、自身が表現したいことを味で表し。そして、飲んだ人がそれを楽しんでもらえることだと思います」。
豊かな表現で挑む
3種の個性的なクラフトビール
井関さんが六島で麦栽培から始めてつくった最初のビールが「麦のはじまり」だ。六島浜醸造所で、一番人気の商品だという。「クラシックセゾンという種類のビールで、ベルギーでは、夏の農作業の時に醸造に携わる農家が水代わりに飲んでいたと言います。とても飲みやすくて、飲むと元気が湧いてくるビールです」。
「麦のはじまり」は、苦味が少なくフルーティーな味わい。ビールが苦手な人からビール好きまで広く好まれ、最初の一杯にもおすすめだと教えてくれた。
「ドラム缶会議」は、印象的な濃い赤茶色と、燻製の香りが特徴のビール。六島への移住のきっかけとなった、ドラム缶の焚き火を囲んで酒を飲みながら話していた出来事に由来して命名された。「あの日、帰宅したら、すごく体が煙臭くなっていて(笑)。燻製の香りがたつビールなので、正直『ドラム缶会議』は好みがわかれますが、どうしてもこの香りと味わいを通して、六島での思い出を表現したかったんです」。
さらにドラム缶会議には、六島の名産である「ひじき」も使われている。「営業職時代に先輩から学んだのが、究極の商品とは売りこまなくても売れる”営業いらずの商品”だということ。六島のひじきは、口コミで商品が広がって全国から受注が来ており、まさに営業いらずの理想の商品なんです。当初はひじきをビールに使おうとは考えておらず、ひじきのように自然に売れていくビールを造りたいという道標のような存在でした」。
しかし、井関さんは、六島浜醸造所で2回目の仕込みのときに、ふと、ひじきを使いたいと思いたったという。その時に側に居あわせた師である永原さんは、六島でひじきを加工している生産者が喜ぶ商品だと、太鼓判を押した。
「ひじきは、うまみ成分であるグルタミン酸を多く含みます。酵母はグルタミン酸をよく食べるので、発酵が促進されるんです。さらに燻製とグルタミン酸の相性もいいので、燻製のビールにひじきを使うのは、実は効率がよかったんです」
「ドラム缶会議」は、”誰に喜んでもらいたくてビールをつくるのか”という師の教えとともに、まさにビールの中に六島で出会ったストーリーを詰め込んだ商品といえる。「ドラム缶会議」は、ジャパン・グレートビア・アワーズ2021で銅賞を獲得した。
六島浜醸造所のなかでも特徴的な商品がある。それが黒ビールの「オイスタースタウト」だ。北木島産の牡蠣殻を麦汁に通すことでミネラルが麦汁に溶けこみ、苦味が控えめでまろやかな味わいになるという。
「六島で開催したビアフェスで、北木島の牡蠣生産者の方に『北木島をテーマにしたビールをつくってほしい』とお願いされたんです。北木島は牡蠣が名産なので、アイルランドにあるオイスタースタウトという牡蠣を使ったビールを、北木島産の牡蠣でつくろうと思いつきました」
この黒ビールにはおすすめの飲み方があると井関さんが教えてくれた。「オイスタースタウトは、食事の途中での口直し的に飲むのがおすすめです。あと意外に思われるかもしれませんが、バニラアイスにかけて食べること。アフォガード感覚で、デザートとして楽しめますよ」。
六島という場所だからできる
ものづくりのその先へ
今後は、タンクを増設してクラフトビールの生産量を増加させたり、実験的にいろいろなビールの醸造を試していきたいと井関さんが話す。
「あとは、この醸造所を一時的に働きに来られる場にしたいですね。仕事に行き詰まったり、少し疲れたなと思ったら、のんびり暮らしながら心を休められる場所になれば。興味があればビールのことも教えます。国内ワーキングホリデーのようなかんじで」。
六島の地で、ビールそして人を通じて社会へと繋ぐ井関さんの眼差しは熱くやさしい。
(2024年2月取材)
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